ビジネスWi-Fiで会社改造(第48回)
中堅・中小企業のためのビジネスWi-Fi投資最適化ガイド
8月27日、東京都とNTT東日本が「電話ボックスを公衆Wi-Fiアクセスポイントとして活用する」基本協定を結んだ、というニュースが流れた。今後3年間で、主要駅周辺や公園を中心に約1500カ所を整備する予定だという。これからどのように変化していくのだろうか。
都の報道発表資料によれば、この施策は東京都の「"つながる東京"3か年のアクションプラン」に基づくものだ。災害時の通信確保や、訪日観光客向けの利便性向上を狙っており、整備されるWi-Fiは「OpenRoaming(オープンローミング)」という国際規格に対応している。OpenRoamingは今年、大阪・関西万博会場で使える、より安全で便利なフリーWi-Fiとして話題になっていたので、知っている人も多いかもしれない。
OpenRoamingとは、公衆Wi-Fiサービス関連事業者の業界団体である「Wireless Broadband Alliance(WBA)」による国際的なWi-Fi相互接続基盤だ。OpenRoaming対応の公衆Wi-Fiは、無線通信区間を暗号化、対応アクセスポイントに自動接続する仕組みによりデータの盗用などがされにくく、アクセスポイントになりすまして悪事を行ういわゆる「なりすましWi-Fi」にも誘導されないなど、安全性が高いとされる。現在、OpenRoaming対応の公衆Wi-Fiアクセスポイントは、国内外に100万スポット以上あり、国内のスポットにおいて訪日観光客は自国での接続と同様に使える。
公衆Wi-Fiスポットといえば、安全性の低さや接続のリスクがよく話題になるが、基本的に、個人情報やクレジットカード番号など重要なデータは入力しない、可能ならVPNを経由する、「https」から始まる安全性の高いサイトだけ閲覧する、セキュリティソフトを利用する、などの対策が必要といわれる。ただし、OpenRoamingはそんな対策をせずとも安全性が確保できるという、なかなか気になるサービスだ。
実は東京都がOpenRoamingに注目し始めたのは今回からではない。2023年3月、都はKDDIおよびワイヤ・アンド・ワイヤレスと協働で、都内4施設(東京観光情報センターバスタ新宿、都庁第二本庁舎、新宿都税事務所、都立大久保病院)でOpenRoaming対応の公衆Wi-Fiサービスを始めている(報道発表資料「自治体で初めてOpenRoamingに対応した公衆Wi-Fi基盤を構築、4か所でサービスを開始します」)。資料では「令和5年度中に600施設へ拡大」とうたわれているが、現在の都の対応スポットを見るに、普及は想定より進んでいないようだ。
こうした背景のもと、今回NTT東日本と都が結んだ協定では、3年間で1500カ所の整備をめざすなど、より大規模な展開が打ち出された。協定内容は以下のとおりだ。
・公衆電話ボックスを活用した主要駅周辺や公園等のWi-Fi整備(災害時用非常用電源を完備)
・OpenRoaming対応Wi-Fiの利用拡大に向けた普及啓発活動(都内全域)
・NTT東日本の防災研究所を活用し、通信環境等の災害対応力を強化
対象エリアには山手線内主要駅をはじめ島しょ地域も含まれる予定で、整備済みのスポットには緑色のステッカーが目印として貼られるという。小池都知事は「災害時の通信確保やインバウンド対応に重要」として、今後3年間での整備に意欲を示している。NTT東日本・澁谷社長も「平時から災害時までをカバーする通信基盤としての意義」を強調し、都とのさらなる連携をアピールした。
安全面の信頼性が高く、手続きいらずで使えるこの公衆Wi-Fiが都内に広がれば、「観光客に優しい東京」だけでなく「災害にも強い東京」が見えてくる。緑色のステッカーを見かけたら、まずは一度つないでみたいと思った。
ということで、筆者も東京都の「TOKYO FREE Wi-Fi」の「TOKYO FREE Wi-Fi (OpenRoaming) - セキュリティを強化した東京都公式の安全なFREE Wi-Fiサービス」ページから手持ちのiPhoneを登録してみた。必要なものはメールアドレスの入力とプロファイルのインストールだけ。これで都内や日本国内はもちろん、世界中のOpenRoaming対応公衆Wi-Fiに、無料でしかもシームレスに、自動で接続可能というから驚きだ。従来の公衆Wi-Fiは、サービスごとにSSIDとパスワードを入力しなければならず、安全性の不安が残る上に速度もまちまち。その点、OpenRoamingは一度登録すれば、「自動で・安全に・どこでもつながる」点が大きな魅力だ。
OpenRoamingは、もともと「eduroam」という、欧州の大学間共通Wi-Fiネットワークから発展したもの。教育・学術機関での利用を前提に設計されただけに、安全性や利便性に重点が置かれている。OpenRoamingはそれをさらに拡大し、世界中で使えるWi-Fi接続の共通基盤へと進化させたものだ。
その安全性は、PasspointとIEEE 802.1X認証という2つの技術に支えられている。Passpointとは、WPA2/3-Enterpriseや802.11uをベースにした無線通信の暗号化・自動接続技術で、SSID入力を不要にし、盗聴リスクを大きく低減する。この一方、IEEE 802.1Xは、企業の社内ネットワークなどでも使われる、IDや電子証明書による厳格な認証プロトコル。それゆえ認証サーバーへの攻撃や「なりすましWi-Fi」対策に有効だ。つまりOpenRoamingは、ただ「つながる」だけではなく「安全につながる」ための設計が最初から組み込まれている。正直、ここまでスマートでセキュアな公衆Wi-Fi体験は、筆者の経験として今まであまりない。いわゆる「フリーWi-Fiあるある」のイライラから、ようやく解放される日が来たのかもしれない。
ということで、先述「TOKYO FREE Wi-Fi (OpenRoaming)」のページにしたがって利用登録とプロファイルのインストールを行えば、世界中のOpenRoaming対応公衆Wi-Fiに自動で接続できる。筆者も早速登録してみたが、残念ながら現在の居住地ではまだ対応スポットがない。次に上京したときには、バスタ新宿か都庁で試してみたいと思っている。
また、NTTBPが提供する「Japan Wi-Fi auto-connect」アプリでも、OpenRoaming対応スポットへの接続は可能なので活用するとよい。ただし、現時点では日本国内の対応スポットは数が少ないため、従来型のフリーWi-Fiと混在しての利用となる。アプリで利用できる従来スポットは「提供元の明確なWi-Fi」だそうだが、現状ではOpenRoamingだけを選んで接続できる機能はない。そのため、従来のWi-Fiスポット利用時には、引き続き従来のセキュリティ対策は欠かせないので注意が必要だ。
都内では今後、電話ボックスを活用したOpenRoaming対応Wi-Fiの整備が進み、身近なインフラとして浸透していくだろう。「電話ボックスを見かけたら、そこは安全なOpenRoaming対応Wi-Fiスポットかも」......そんな未来はワクワクする。とはいえ、いかに安全性の高い技術であっても、完璧ではない。セキュリティリスクは日々進化する。最新のリテラシーをもって、より慎重に公衆Wi-Fiサービスを使うに越したことはない。
もしこれから店舗やオフィスで公衆Wi-Fiを導入したいと考えているのであれば、OpenRoaming対応アクセスポイントを選択肢に入れてみるのがおすすめだ。顧客が安全に使える環境を整えることは、安心と信頼につながる。東京都とNTT東日本が進める"安全に、シームレスに、そして災害にも強い"未来のWi-Fiネットワーク。それがOpenRoamingだ。私たちもこの動きを、知って、使って、育てていく段階に来ているのかもしれない。
※掲載している情報は、記事執筆時点のものです
執筆=青木 恵美
長野県松本市出身。独学で始めたDTPがきっかけでIT関連の執筆を始める。書籍は「自分流ブログ入門」「70歳からはじめるスマホとLINEで毎日が楽しくなる本」など数十冊。Web媒体はBiz Clip、日経xTECHなど。紙媒体は日経PC21、日経パソコン、日本経済新聞など。現在は、日経PC21「青木恵美のIT生活羅針盤」、Biz Clip「IT時事ネタキーワード これが気になる!」「知って得する!話題のトレンドワード」を好評連載中。
【TP】
IT時事ネタキーワード「これが気になる!」