IT時事ネタキーワード「これが気になる!」(第42回) USJの変動価格制、高額でも10連休でニンマリ

自動化・AI IT・テクノロジー増収施策

公開日:2019.05.23

 今年の1月10日からユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が、AI(人工知能)が入場料を決める変動価格制を導入した。需給に応じて価格を柔軟に変える仕組みだ。収益アップと観客動員数増をめざすこのシステムは「ダイナミックプライシング(DP)」と呼ばれる。数年前から米国で導入され、日本でもさまざまな分野で実証実験や導入が始まっている。DPには多様な条件を想定しなくてはならないが、今どきのDPはAIを使って価格を決める。

 DPはJリーグの名古屋グランパス、横浜F・マリノス、プロ野球の福岡ソフトバンクホークスなどが採用し、一定の効果を得ているという。こうした試合チケットでのDPでは、収益アップのほか、近年問題となっているチケットの転売も防ぐ。

 旅行や宿泊料金では、昔からおなじみの話だ。連休や休前日には高めの価格、平日や日曜日、休日後はお値打ち価格なのは誰もが知るところ。格安旅行ツアーの多くは、人の少ない時節を狙ったものだ。

 この仕組みを大人気のテーマパークで取り入れた、という話である。平日など人の少ないときに料金が安くなるのはありがたいが、休みの取りやすい連休や土日には価格が上がる。メリットとデメリット、さらに今後の動向について考察してみたい。

USJでは連休中、過去最高額にもかかわらず盛況

 先の10連休、USJは最も混雑が予想される4月28日~5月5日、1日券(1デイ・スタジオ・パス)を8900円という過去最高額に設定した。10連休の初日と最終日に当たる4月27日と5月6日は8200円。ちなみにDP導入前の価格は、一律7900円だった。

 ところが過去最高額にもかかわらず、USJが大盛況なのをTVニュースは伝えた。指定のアトラクションに、待ち時間を短縮して乗れる「エクスプレス・パス」(有料、内容により料金は異なる)も人気だった。USJによれば、入場者の動向に大きな変化はなかったという。

 USJは、DPの導入を「多様なゲストのニーズへの対応と繁閑差の平準化、パーク体験価値の向上を目的」としている。USJでは、1日券や年間パスなどに数種類の価格帯を設定(例えば1日券は7400円、8200円、8700~8900円)。シーズンや日ごとの繁閑による需要に基づき、日別に価格を設定する。設定価格は4カ月先までチェックでき、購入が可能だ。

USJ公式サイトでチケットを選び、「入場日選択」を選ぶと、3種類の価格別に色分けされたカレンダーが表示される

利用者にとってうれしいシステムなのか

 利用者は、入場料の安い日にはお得な料金で施設を楽しめる。逆に料金の高いときの利点は、過度な混雑が抑止され快適に楽しめる、と予想できる。10連休中のUSJが昨年の連休時よりも利用しやすかったかどうかは分からないが、「普段より高いからやめておこう」という層が一定数いたのは想像に難くない。

 米国では、ほとんどのスポーツの入場料でDPによる変動制を採用しているという。国内の例では、サッカーJ1リーグの名古屋グランパスのホーム試合のチケットは、下限は各席種の基本価格から20%オフ、完売が見込まれる席種については基本価格より高い、上限なしの価格(場合によっては2倍程度)が適用される。にもかかわらず、動員数や入場料収入は好調だという。

 おしなべて考えれば、企業側にも利用者にもうれしいシステム、とも思える。ただし、利用者として考えてみると、本当に「うれしい」のか少々疑問も湧いてくる。

 平均的な家族が、USJなどのテーマパークに行くケースを考えてみよう。たいていの人は、おいそれと会社や学校を休めない。平日など価格の安い日に利用できる層は限られる。そうなると、混む土日や連休、夏冬休みにしか行けない層にとっては、今まで7900円で行けたものが、8900円に値上がったことにしかならない。

 筆者は、これが利用者に不公平感を抱かせかねない懸念を抱く。通常、普段より高い金額を払う場合は、それに見合う価値を求めるからだ。納得できなければ、利用を控えてしまうだろう。不満がSNSで拡散される可能性もある。

 逆に「安い」からメリットがあるとも言い切れない。例えばスポーツのチケットなら、安い料金の試合は、その分人気度が低いのをあからさまに公表していることになる。さらなる人気低下に拍車をかけるかもしれない。

 変動価格制に反対するわけではないが、金額に見合う価値を感じてもらえるか、不公平感や不信感を抱かれないか、は課題ではある。

AIの判断に頼り過ぎず、最後は「人」の判断を…

 DPをはじき出すAIには、多数の複雑な条件を設定できる。AIは、人間には不可能とも思える高度な計算が可能だ。ただし、AIに「人の心」はない。最終的に利用者が快適に利用できるか、利用者が満足感を得られるか、利用者が変動価格の差分を正当と思うかなどは、人の判断を介したほうがよいだろう。くれぐれも運用には慎重さが必要となる。

 そういえば、DPの導入で、「いつ行ったらいいか分からない」「どこを利用したらいいのか分からない」といった声も聞こえる。米国では、AIがいつチケットを買うべきか判断してくれるアプリや、より安く宿泊できる宿屋航空運賃を日程込みで提案してくれるアプリもあるという。DPを想定して、よりコスパの良い提案をはじき出す……まさにAIとAIの勝負みたいな話で興味深い。

 国内でのDPはまだ動き出したばかり。今後さまざまな論議もされていくだろうし、企業側も改善を重ねるだろう。先端技術と人の知恵を融合して、みんなが喜べる方向に行けるといいな、と思う。筆者の応援する地元のサッカーチームのホーム試合は、今のところ固定料金だが、J1に昇格した今年、人気の試合は予約開始と同時に瞬殺で売り切れてしまう事態に。DPが導入されれば、チケットも多少は取りやすくなるのかな、などと思いをはせてみる。だとしたら、案外悪くはないかもしれない。

執筆=青木 恵美

長野県松本市在住。独学で始めたDTPがきっかけでIT関連の執筆を始める。書籍は「Windows手取り足取りトラブル解決」「自分流ブログ入門」など数十冊。Web媒体はBiz Clip、日経XTECHなど。XTECHの「信州ITラプソディ」は、10年以上にわたって長期連載された人気コラム(バックナンバーあり)。紙媒体は日経PC21、日経パソコン、日本経済新聞など。現在は、日経PC21「青木恵美のIT生活羅針盤」、Biz Clip「IT時事ネタキーワード これが気になる!」「知って得する!話題のトレンドワード」を好評連載中。

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