IT時事ネタキーワード「これが気になる!」(第107回) 来春解禁の給与デジタル払い。そのメリットとデメリット

資金・経費 デジタル化

公開日:2022.10.24

 昨年この連載で、給与のデジタル払いについて書いた。これが実現すれば、企業は銀行口座を介さず働き手のスマホのキャッシュレス決済アプリ(資金移動業者が運営する「PayPay」「LINEペイ」「楽天ペイ」など)のデジタルマネーに給与を入金できるようになる。働き手側も銀行口座から現金を引き出したり銀行口座からチャージしたりする手間なく、買い物や送金、納税、換金などが行える。

給与のデジタル払いが2023年春解禁。厚生労働省が制度案

 この給与デジタル払いが、2023年春にも可能になる。厚生労働省は「労働基準法施行規則の一部を改正する省令案」を2022年9月22日に公示、パブリック・コメントを募集しているが、この省令案に「施行期日等」として、「公布日 令和4年11月(予定)」「施行期日 令和5年4月1日」と書かれている。

 今年9月13日に行われた「第178回労働政策審議会労働条件分科会」にある「資金移動業者の口座への賃金支払について 課題の整理⑦」を見ると、給与デジタル払いについては課題を残しているものの一定のニーズがあることが読み取れる。

 上記資料によれば、2022年6月時点のキャッシュレス決済の「月間アクティブユーザー数」(月1回以上支払ったことがある人の数)の16社の合計は、約5110万人。これは国民の約半数、キャッシュレス黎明期2018年の約14倍、2019年の約2.8倍である。さらに、同資料記載のアンケートによれば、キャッシュレス利用者のうち、4分の1程度は「給与デジタル払いが可能になったら、制度を利用したい」と回答。利用方法について、35.2%が「給与の1割~3割程度」を振り込むことを希望しているという。

給与のデジタル払いの歴史

 給与のデジタル払いは、給与は現金か銀行口座振り込みが主流のわが国の体制に、銀行口座を持たない外国人労働者への対策として提案された。2017年12月、東京都と外国人求人サイト「WORK JAPAN」が国家戦略特区に、「ペイロール・カード口座に賃金支払を可能とする規制の緩和」を提案したのが最初だ。

 同じ頃から外国人旅行者や滞在者を視野に入れたキャッシュレス推進政策が始まり、その後、日本で働く外国人への給与振り込みをペイロール・カードから「デジタル支払い」へとシフト。背景には、キャッシュレス化の推進と、給与がキャッシュレスサービスに直接振り込まれることでの経済の活性化を図る狙いがあるとされる。

 2019年、内閣が給与デジタル払いについて期限を明記しての検討を開始、2020年4月には公正取引委員会が「QRコード等を用いたキャッシュレス決済に関する実態調査報告書」を公開、給与デジタル払いへのニーズを示した。

 2021年1月より厚生労働省の労働政策審議会にて「資金移動業者の口座への賃金支払について」の検討を開始、審議を重ねた。そして、2022年9月省令案を公示、要件を満たす認定業者において、「使用者が労働者に強制しないこと」を前提に、デジタル給与支払いを2023年4月から実施(予定)、という経過である。

 現在の労働基準法では、給与は原則現金の手渡し、例外として銀行口座や証券口座への振り込みを認めるという状態だ。今回、この例外に資金移動業者を追加し、給与をデジタルマネーで受け取ることを認める流れとなる。

1円単位で引き出しが可能。残高の上限は100万円

 政府は給与デジタル払いに対し「銀行口座と全く同じ条件ではなく、その代替措置も含めて、同程度の仕組みを模索することが重要」「安全性、保全、補償は少なくとも銀行口座と同等でなければならない」と述べ、安全性、信頼性重視の姿勢を示している。そのため、次のような要件が定められる方針だ。

 給与デジタル払いには、ATMを利用することなどで、1円単位で少なくとも毎月1回は手数料なく受け取りができることや口座への移動も1円単位で可能なことが要件となる。口座残高の上限額は100万円。これは資金移動業者が破綻した場合でも、口座残高全額を速やかに補償するための措置だ。なお、給与が振り込まれる際、残高が100万円を超える場合は、当日中にあらかじめ指定する銀行口座か証券総合口座に差額が振り込まれる。

 キャッシュレスサービスのアカウントは、銀行との並びで保証すべきという方針により、最後に口座残高が変動した日から少なくとも10年間は有効とする。まずはこうしたスタイルで、給与デジタル支払いが実現することとなりそうだ。

給与デジタル払いのメリットとデメリット

 政府は当初、2021年春に給与デジタル払いを解禁するべく準備を進めたものの、安全性への疑問の声などにより審議を重ねて今に至る。

 給与デジタル払いの大きなメリットは、銀行口座を持たない外国人労働者や学生、季節労働者、フリーランスなどを雇用しやすくなる点だ。これは企業、働き手の双方にとって、雇用の活性化という点でメリットといえるだろう。企業側は振込口座登録など事務処理の負担が軽減できる。キャッシュレス口座は銀行より手数料が安く、経費軽減にもつながる。働き手の側は銀行口座開設の手間が減るとともに、給与が即キャッシュレス支払いに使えて、手間や管理負担も軽減する。

 大きなデメリットとして考えられるのは、資金移動業者の安全性への懸念だ。業者が破綻した場合やハッキングなどで大きく被害を受けた場合の補償がスムーズに行えるか。加えて、年々高度化し増加するサイバー犯罪は想定の範囲を大きく超える可能性もあるだろう。銀行と異なりITベースのシステムゆえ、最新の状況に応じた万全の体制が必要だ。

 給与デジタル払いの今後について、要件付きのスタートをしばらく見守るのが賢いだろう。月々の支払いの多くを銀行口座からの引き落としを活用する私たちにとって、前述のアンケートの、利用してみたいという声が全体の4分の1、しかも「給与の1~3割」にとどまる結果も分かる。企業側は必要に応じ、メリットとデメリットをよく見極めて方向を探ろう。どちらにせよ情報を定期的にチェック、今後の動向を見守っていこう。

執筆=青木 恵美

長野県松本市在住。独学で始めたDTPがきっかけでIT関連の執筆を始める。書籍は「Windows手取り足取りトラブル解決」「自分流ブログ入門」など数十冊。Web媒体はBiz Clip、日経XTECHなど。XTECHの「信州ITラプソディ」は、10年以上にわたって長期連載された人気コラム(バックナンバーあり)。紙媒体は日経PC21、日経パソコン、日本経済新聞など。現在は、日経PC21「青木恵美のIT生活羅針盤」、Biz Clip「IT時事ネタキーワード これが気になる!」「知って得する!話題のトレンドワード」を好評連載中。

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