ニューノーマル処方箋(第64回)
ランサムウエアがビジネス化。「RaaS」の脅威
最近よく目にするのが携帯電話回線を乗っ取る「ニセ基地局」に関するニュースだ。ニセ基地局は、東京や大阪といった都市部の繁華街に出現し、自動車やバイク、大きめのリュックサックなどに設備を積んで移動しながら各地で不正行為をするため取り締まりが難しい面も問題となっているという。
ニセ基地局は「IMSI Catcher」とも呼ばれ、「近くのスマホをより強い電波でだまし、加入者識別子(IMSI)や端末識別子(IMEI)を収集したり、通信内容を操作したりする」装置のこと。正規の基地局よりも電波を強く発信、周辺のスマホを強制的にニセ基地局に接続させようとする。スマホに備わる電波の強い基地局を選ぶ基本的な特性を利用してユーザーのスマホを接続させる。中には妨害電波を発して一時的に近くのスマホを圏外にし、ニセ基地局の強い電波に接続させる手口も多いという。主にニセ基地局で使われるGSM(「2G」の一種)は現在の日本では利用されていない電波帯、セキュリティが脆弱なのに加え、設備が安価に済む、という理由で不正行為によく使われるという。多くの場合、外国語のSMSが送られてくることから訪日外国人をターゲットにしているのでは、といわれている。
先述のごとくニセ基地局は、一時的に設置されたり、機器を積んだ車などで移動しながら運用されたりするため発見や特定が難しい。さらにユーザーがニセ基地局に接続していることに気づきにくいのも特徴だという。心配されているのは、大規模イベントなど人の多く集まるところでの混乱だ。先月開幕した大阪・関西万博は外国人客も多く、今後ニセ基地局が万博に出現すれば、大きな混乱が引き起こされる可能性もある。
ところで、こうした話題の流れでは「日本人は関係ない」とつい思いがちだが、妨害電波や強い電波の(偽の)基地局によって、通信が遮断されてしまうのが大きな問題となる。連絡が取れない、調べ物ができないなどの他、決済ができない、イベント用などのオンラインサービスが使えない、などの被害に遭う。例えば「キャッシュレス決済のみ」をうたう万博で、モバイル通信が使えないのは、ゆゆしき事態だ。
ニセ基地局は、接続したスマホに対し、SMSを送信してURLなどからフィッシングサイトへ誘導、個人情報(ID、パスワード、クレジットカード情報など)を窃取する手口が一般的だという。また、マルウエアに感染させようとするケースも報告されている。
では、手口の特徴をおさらいしておこう。5G/4Gなど一般的なモバイル電波を強力な妨害電波で妨害して、端末を2Gに接続させ、その低いセキュリティを利用してSMSを送信する。送られたSMSの多くは外国語(中国語が多いとされる)で、銀行をかたるなどでURLへと誘導し、個人情報を入力させて盗む手口が多いという。なお、おおむね、ニセ基地局から半径数百メートル内のスマホがターゲットとなるという。
ニセ基地局では、SMSによるフィッシングの他、通話やメッセージの傍受、個人情報の抜き取り、オンラインバンキングなどのセッション乗っ取り、マルウエアへの感染、決済や配車などのオンラインサービスの妨害など、世界的に多くの被害例が報告されている。
雑踏や混雑の中では電波がつながりにくいことも多いが、ニセ基地局への接続がユーザーの知らないうちに行われ、その間は通常の通信や決済サービスなどが使えないどころか、情報盗用などのリスクにさらされる、と思うとなかなか怖いものがある。
通信業者も、ニセ基地局検知システムを導入して不正な通信を遮断するなどの対策を進めている。その他、ニセ基地局の設置や利用は電波法違反などの犯罪行為であるため、警察による取り締まりも行われているという。
村上誠一郎総務大臣は4月15日の記者会見で、ニュースやSNS上で問題視されているニセ基地局問題に言及、「都市部で偽基地局による違法な電波発信が確認されたと、SNSで話題になっていることは聞いております。他方、都内周辺等で携帯電話サービスへの混信事案が発生していることは把握しております。現在、関係機関と連携して対応にあたっております」と述べた。さらには「総務省では、引き続き、誰もが安心して電波を利用できる環境の確保にしっかりと取り組んでまいりたいと考えております」と述べた。
5月2日、総務省は「不法無線局の疑いのある無線機器(いわゆるニセ基地局)からの携帯電話サービスへの混信~フィッシング詐欺等のSMSにご注意ください~」という記事で注意喚起、「昨今、都内周辺をはじめとする一部の都市において、不法無線局の疑いのある無線機器からの携帯電話サービスへの混信事案が発生しており、携帯電話が圏外となったり、フィッシング詐欺等の不審なSMSを受信したりするなどの事象が発生しています」と述べ、「国民のためのサイバーセキュリティサイト」のフィッシング詐欺関連コンテンツに誘導している。
先日、筆者が見たあるテレビニュースでは、実際に渋谷で「アンテナ付き車両」を見つけて撮影、強い電波で一時「圏外」にし中国語でフィッシングSMSを一斉送信する手口を紹介した。なお、一般的な対策としては、スマホの設定で「2G」をオフにすること(主にAndroid機)、SMSで送られたリンクは絶対に開かずメッセージは速やかに削除することなどが挙げられる。
たとえ2G通信をオフ、SMSを無視するなどでフィッシングの被害は免れたとしても、妨害電波などで通信が遮断され、仕事やプライベートの連絡が取れなかったり、普段使うサービス(スマホ決済など)が使えなかったりするのは、スマホでの通信が生活の大きな位置を占めている今、とても困る。そのうえニセ基地局は神出鬼没でいつどこに出現するかわからない。ニセ基地局の存在がユーザーの知らないうちに通信品質に影響を与え、各キャリアの信用まで落としかねない。各キャリアが必死になる気持ちもわかる。
このニセ基地局、中国では2010年代初頭から確認、最初は宣伝メールを多数にバラまくシステムとして普及したが、のちフィッシング行為に移行したという。知られているのは空港において空港駐車場に停車したニセ基地局が周囲のスマホに「安いチケットがある」などのスパムメールを送りつけたところ、ニセ基地局の強電波で通信が使えなくなる人が続出、大騒ぎとなったらしい。以降も同様の事件が相次ぎ、中国政府も本腰を入れて取り締まっている。台湾でも大規模なニセ基地局による詐欺事件があったという。
日本では今のところ被害の報告はないが、電波がつながりにくくなる懸念はいつでもある。訪日観光客の中には、フィッシング被害に遭った人もいるかもしれない。どちらにせよ、早めに取り締まる必要がある。中国政府はAIなどを駆使した自動探知システムで徹底的に取り締まったなどで、中国内のニセ基地局は減少しつつあるという。しかし、日本などの海外において、同様の手口が用いられ、訪日観光客を狙っているのではないかという懸念もある。
政府は早めにニセ基地局を取り締まる必要がある。現状では2Gを使ったフィッシングゆえに、国民の直接被害は少なくスマホが接続しづらい程度だが、今後、3Gなど現行の電波を使い同様の行為が行われる可能性もある。犯罪の芽は芽のうちに刈り取ったほうがいい。探知システムと厳罰などでの対策が有効という。深夜の渋谷などでは路上に停車している車両に警察が職務質問するなどで取り締まっている、という話も聞く。日本政府はデジタル対応が後手に回っているように感じられる面もあるが、被害を未然に防ぐためにも、がんばってほしいところだ。
われわれユーザーは先に挙げた対策や総務省の情報を参考に自衛策を講じておこう。企業も、社員が怪しいSMSやフィッシングメールなどにだまされないよう、勉強会やメール訓練など社員教育を行っておくのがおすすめだ。ここでもよく紹介する総務省「上手にネットと付き合おう」にさまざまなコンテンツや教材もあるので活用するとよい。
※掲載している情報は、記事執筆時点のものです
執筆=青木 恵美
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