税理士が語る、経営者が知るべき経理・総務のツボ(第60回) 脱税を見つけ出せ! マルサ(国税査察)の仕事

経営全般 資金・経費

公開日:2021.05.13

<マルサの女>

 今から35年近く前、「ラブホテル」を脱税の舞台とした伊丹十三脚本・監督、宮本信子主演の「マルサの女」という映画が大ヒットしました。当時は現金決済の時代です。ラブホテルで領収証を受け取る客などいないので、売上金を除外しようと思えば、いとも簡単に除外できました。

 また、仮名預金や無記名割引債券といったツールもあり、銀行の支店長を問い詰め、仮名預金の真正な預金者を管理した「手控え」を出させるシーンや、庭木の下や人形の中から印鑑を発見するシーンもありました。

 「マルサの女」は、国税庁の全面協力の下で映画化されており、描かれたシーンの大半は実話で構成された、いわばノンフィクション作品でした。

<逆L字型>

 突然ですが、皆さんが事業でお使いの普通預金通帳を見てください。入金額は右側(貸方)、出金額は左側(借方)に記帳されていますね。

 例えば、飲食店を営む甲さんが、毎日の売上金から10万円を除外して長男乙名義の普通預金口座に入金していたとします。1カ月が過ぎたところで、残高全部を引き出して乙名義の定期預金に預け替えしました。このとき乙名義の普通預金通帳は、右側に10万円が並んで、残高が300万円になったところで左側に出金額が記帳されます。まさに、マルサ好みの「逆L字型」になるわけです。

 もし、皆さんのお手元の通帳が逆L字型で、「現金を抜いて申告してしまった」ということがあれば、すぐに顧問の税理士先生に依頼して修正申告されることをお勧めします。

<国税は情報の宝庫>

 皆さんが提出(e-Tax送信)した法人税、消費税、所得税、相続税、贈与税などの申告書、財産債務調書、源泉徴収票や支払調書などの法定調書はもちろん、各種新聞・週刊誌・インターネット情報、タレコミ(密告)、調査で収集した預金や株式取引など、ありとあらゆる情報が国税専用のコンピューターシステムに蓄積されています。

 さらに3年前からは、私たちが銀行で新たに預金口座を開設する際に、「居住地国を記載した届出書」が必要になりました。これは、共通報告基準(CRS)といって、海外の金融機関を利用した国際的な租税回避を防止するために、経済協力開発機構(OECD)が策定した金融口座情報を自動交換する制度に基づくものです。現在、日本を含む100以上の国・地域がCRSに参加しています。例えば、日本人が韓国の銀行で口座を開設して預け入れを行うと、その口座情報が韓国の税務当局を通じて日本の国税当局に報告されるのです。

 国内で収集した情報のみならず、海外の金融口座情報まで、国税は蓄積しているのです。

<査察調査>

 国税局査察部には、内偵から立件までを担当する情報部門とガサ入れから検察官への告発までを担当する実施部門があります。

 情報部門の査察官は、日々、蓄積情報の分析・検討と新たな情報収集に明け暮れています。

 簡単な事例で説明しましょう。

 例えば、A社(12月決算)の法人税申告書添付の「売掛金内訳書」の中にB社に対する売掛金として6000万円が記載されていたとします。ところが、たまたま12月決算のB社の法人税申告書には、A社に対する買掛金として1000万円しか計上されていませんでした。

<差額の5000万円はどこに?>

 この5000万円を端緒に内偵調査に移行しますが、端緒はあくまでも「点」に過ぎません。情報部門の査察官は、鋭い感とセンスを駆使して、蓄積情報の分析や新たな情報収集に駆け回り、「点」を「面」に仕上げていくのです。

 その過程では、脱税者や家族の行動、あるいは出入りする訪問者を詰めるため、張り込みも行います。査察部には、側面および後部ガラスにスモークフィルムを貼り付けた赤外線カメラを搭載した特殊な車両もありますので、一晩中の張り込みも可能です。奇麗な「面」に仕上がるまでには早くて半年、長ければ2~3年かかるケースもあります。中には、年月をかけたのに没になってしまうケースもあります。

 「面」に仕上がった情報を取りまとめ、裁判官から「臨検・捜索・差押え許可状」の発付を受けると担当は実施部門に移り、いよいよガサ入れです。

 捜索する場所と動員する査察官の人数は、情報部門の張り込み結果を踏まえて決まります。床面積70坪程度の戸建て住宅であれば6~8人、床面積30坪程度のマンションであれば4~6人、ビルの複数フロアを賃借している会社であれば、社員数にもよりますが20~30人の査察官が動員されます。

 大型事件になると、150カ所を250人の査察官が2日間にわたって捜索する場合もあります。

<捜索現場>

 国税局の一室に設けられた事件本部から現場責任者の携帯電話に着手の指令がなされると、いよいよ捜索開始です。しかし、許可状があっても簡単には脱税者を捕捉できません。玄関のチャイムを鳴らしてドアが開いても、脱税者はドアチェーンを外さないばかりか、ドアを閉めようとします。

 ですが、既に査察官の左足がドアの内側に入り込んでいます。周囲の査察官に「おいっ、チェーンカッター持って来い!」と叫んだらドアが開いたことがありました(もちろん、チェーンカッターなど、捜索現場に携行して行きません)。

 ここで、通学前の小学生の子どもさんが家にいる場合は厄介です。子どもの前で脱税者に質問できないだけでなく、ランドセルやカバンの中に預金通帳といった重要物が隠されていないか、学校に行く前に確認しなければなりません。

 捜索範囲は、帳簿書類はもちろん、パソコン、スマホなどの電子データのほか、通称「タマリ」と呼ばれる現金、預金通帳、印鑑、貸金庫の鍵など広範囲に及びます。最近の住宅はフローリングが主流ですが、昔は査察官必携の千枚通しを使い、畳をはがして床下に入り込んだり天井裏に上ったりして、スーツがボロボロになったこともありました。

 また、長女がまだ2歳の頃のこと、土日もなく、連日終電での帰宅が続いていました。仕事も一区切りついて、フレックスタイムで家を出るとき、長女から「パパ、また来てね」と言われ、まるで愛人宅から出勤しているような感覚に陥ったこともあります。

 働き方改革が叫ばれる時代ですが、事件は生き物、査察調査に「待った!」はありません。検察庁へ持ち込む告発書類を徹夜で完成させ、朝の5時に冷蔵庫から缶ビールを取り出して、皆で「暁の乾杯」をしたことも1度や2度ではありません。

 こうして、半年から1年かけて脱税事実を明らかにする証拠を収集し、検察官に告発して査察調査は終了するのです。

<バレない脱税はない>

 かつては「自白は証拠の女王」ともいわれましたが、今は、供述に左右されない客観証拠の収集が求められます。とはいえ、自白があるに越したことはないので、質問調査は重要です。質問は、六何(ろっか)の原則【何時(いつ), 何処(どこ)で, 何人(なんびと)が, 何を, 何故に, 如何(いか)にして】を駆使して行われます。

 中国「老子」の作といわれる
「天網(てんもう)恢恢(かいかい)疎(そ)にして失(うしな)わず」
ということわざがあります。

 悪いことをすると、必ず天罰が下るという戒めの言葉です。

 最後までお読みいただいた皆さん、正しい申告と期限内納税に努めましょう。

執筆=白田 敦

税理士 国税現職時代は、長年にわたり国税庁及び東京国税局の査察(実施)部門で活躍。国税不服審判所の審判官としても腕を振るう。東京国税局査察部査察審理課長、査察総括第二課長、調査第四部次長などを歴任し、豊島税務署長を最後に2018年定年退職。現在、一般社団法人租税調査研究会主任研究員。

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