ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
後継者がいないと事業継承に悩んでいる中小企業経営者も少なくないでしょう。そのような場合は、第三者への事業承継の検討、あるいは事業譲渡といった方法が考えられます。
経済産業省は、中小企業におけるM&A促進のため、「事業引継ぎガイドライン」を全面改定した「中小M&Aガイドライン」を2020年3月31日に公表し、第三者への円滑な事業引き継ぎの指標を提示しています。第47回では「第三者承継支援総合パッケージ」に触れましたが、今回は同ガイドラインを基に、中小企業におけるM&Aについて解説します。
※「中小M&Aガイドライン」→https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200331001/20200331001-2.pdf
中小企業経営者がM&Aにちゅうちょする要因として、主に以下のようなことが考えられます。
1. 譲渡側は、M&Aが未経験である場合がほとんどであるため、M&Aに関する経験や知見が乏しく、M&Aの進め方が分からない。
2. M&A支援事業者への報酬は各社さまざまであり、M&A業務の手数料の目安が分かりにくい。
3. M&A支援事業者に対する不信感。
ほかにも、譲渡側は「後ろめたい」「従業員に申し訳ない」というイメージを、譲受側は敵対的買収を行うというイメージを持つためちゅうちょするという声も聞きます。
では、中小M&Aによる譲渡・譲受が成功するとしたら、どういった形が考えられるのでしょう。ガイドラインでは次のケースを例として挙げています。
A. 譲渡会社が債務超過でM&Aが難しいと思っていたが、販路や地域における地名度が高く評価されたためM&Aが成立した。
B. 個人事業主が高齢のため店舗の廃業を考えていたが、創業希望者をM&A支援機関から紹介され事業譲渡が行われた。
C. 後継者がおらず、直近3期の決算は経常損失を計上していたが、丁寧なサービス、教育体制と人材の質が評価されM&Aが成立した。譲渡企業の経営者は株式の譲渡代金と退職慰労金を受け取り、老後資金として十分な額を確保することができた。
上述のように、中小M&Aを実施すると、譲渡側経営者の手元に、代金(譲渡対価)が残ることがあります。また、企業全体としては存続できなくても、利益計上できている優良な事業のみを早期に譲渡することで、一部事業を継続させることができる場合もあります。事業を譲渡して存続させることにより、従業員の雇用維持や、取引先との関係を継続できれば、中小M&Aは地域経済のサプライチェーン維持にもつながるでしょう。
具体的にM&Aを進めていくにはどうすればよいでしょうか?基本的には、最初にM&A支援機関(商工団体、士業などの専門家、金融機関、M&A専門業者、事業引継ぎ支援センター)に相談してみましょう。相談時には、直近3年分の税務申告書、決算書(損益計算書、貸借対照表を含み、勘定科目内訳明細書の写し)を用意し、可能であれば会社案内や自社WEBサイトを出力したものなど、事業概要についての資料も準備します。
譲渡側経営者は、あらかじめ親族内・社内に後継者がいないことを確認し、譲渡後の事業に関わるか、あるいは別の事業をするといった自分の引退後のビジョンを含む希望条件を考えておくことも必要です。株式に関しては実際に出資していない親族・知人などの名義になっていないかを確認するだけでなく、基本的には譲渡側経営者が全てを保有しておく必要があります。重要な事業用資産・不動産や機械設備などが第三者名義、担保設定、遺産分割対象になっていないかも確認し、その整理・集約については顧問税理士などに相談してください。
譲渡の意志が固まったら、譲渡側とM&A支援機関による面談や現地調査などに基づいて、企業価値を評価します。次に、譲受候補者を選定、経営資源の引き継ぎなどの検討をするマッチングを行います。譲受候補者との交渉で基本合意したら、スキームや、譲渡側経営者その他の役員や従業員の処遇、順守事項を確認の上、契約書に調印します。
その後、譲受側の意向を踏まえ、財務・法務などの調査を実施して最終契約を締結。株式などの譲渡対価の支払いおよび資産の移転に伴う登記手続きを確認するクロージング(決済)をします。続いて、経営上の円滑な引き継ぎのために、ポストM&Aと呼ばれる作業を譲渡側と譲受側で実施します。その内容についても契約に盛り込んでおくといいでしょう。
手数料の例としてガイドラインで紹介しているのは、事業引継ぎ支援センターの登録機関に依頼し、6カ月間の業務遂行で譲渡額1億円の株式譲渡が成約したケースです。この中小M&Aでは、着手金100万円、成功報酬50万円(どちらも税抜き)で、月額報酬と中間金はありませんでした。こういう場合、事業引継ぎ支援センターへの相談は無料ですが、登録機関などに依頼すると有料になります。
経営者が高齢化し、後継者がいない場合、事業譲渡の判断が遅れた結果、経営損失が膨らみ廃業費用すら捻出できなくなるケースも考えられます。従業員や取引先などに迷惑を掛けないためにも、経営者は事業承継に関してできるだけ早期の判断を行うべきです。
また、中小M&Aに関しては秘密を厳守し、情報の漏えいを防ぐことは極めて重要です。外部はもちろん、親戚や友人、社内の役員・従業員に対しても、知らせる時期や内容には十分注意しなければなりません。取引先や従業員に意図せず情報が伝わってしまったり、譲渡側や譲受側の経営者が不用意な一言を発してしまったりすることよって、M&Aが頓挫するケースもあり得ます。
「中小M&Aガイドライン」では、各支援機関に対し、基本姿勢として中小企業の利益の最大化を求めています。マッチングやM&A検討などの機会提供、支援機関同士の連携はもちろん、さまざまなサポートがありますので、事業承継に悩む経営者は、まずは一読し、活用を考えてはいかがでしょうか。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2020年6月30日)のものです。
執筆=並木 一真
税理士、1級ファイナンシャルプランナー技能士、相続診断士、事業承継・M&Aエキスパート。会計事務所勤務を経て2018年8月に税理士登録。現在、地元である群馬県伊勢崎市にて開業し、法人税・相続税・節税対策・事業承継・補助金支援・社会福祉法人会計等を中心に幅広く税理士業務に取り組んでいる。 https://namiki-kaikei.tkcnf.com/
【T】
税理士が語る、経営者が知るべき経理・総務のツボ