税理士が語る、経営者が知るべき経理・総務のツボ(第6回) 相続手続きが簡単になる法定相続情報証明制度とは

資金・経費

公開日:2016.09.20

 法務省は2016年7月5日、煩雑だった相続手続きを簡素化する「法定相続情報証明制度」(仮称)を2017年度に新設すると発表しました。

 これまでは、不動産や預金といった遺産を相続する場合、不動産登記の変更、銀行口座の解約、相続税の申告などのため、戸籍謄本を中心とする書類一式を、不動産の管轄ごとに異なる法務局や金融機関に提出する必要がありました。

 新制度では、最初に書類一式を法務局に提出して、その法務局から相続情報を記載した証明書を発行してもらえば、別の法務局や金融機関などには証明書の提出だけで手続きが行えるようになります。今回はこの新制度によって相続手続きが具体的にどのように簡素化されるのかを確認するとともに、ビジネスに与える影響を考えてみたいと思います。

 現在、相続人が不動産登記の変更、銀行口座の解約、相続税の申告などをする場合、多くの書類をそろえる必要があります。具体的には、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本、相続人全員の現在の戸籍謄本、相続人全員の住民票の写し、遺産分割協議書、相続人全員の印鑑証明などです。

 相続を経験した人は分かるかもしれませんが、故人の戸籍謄本の取得だけをとってみても非常に面倒です。戸籍は「婚姻」、「成年に達したことによる分籍」、「他の市区町村からの転籍」、「戸籍の改製」により絶えず編製されています。このため、出生まで連続して溯ることのできる戸籍を取得するのが思いのほか大変なのです。

 これを各地方の法務局や各取引金融機関に対してそれぞれ準備する必要があるため、手間の面でもコスト面でも、相続人の大きな負担になっています。コスト面を考えて、ある機関に提出した書類一式を返却してもらってから、別の機関に提出すると、余計に時間がかかるというデメリットもありました。

法定相続情報証明制度で相続人も金融機関も便利に

 新制度では、最初に法務局に必要書類を提出し、内容確認後に公的な証明書の写しを交付してもらうことになります。一度この手続きを行えば、他の法務局でも利用できるため、不動産が地方に点在する場合でも負担が軽減されます。また、金融機関でもこの証明書を利用するよう調整される予定であり、相続人だけでなく、審査に多大な手間をかけていた金融機関側でも利便性が高まることになります。

 複数の相続人がいる場合、相続財産に対する各人の持ち分は「法定相続分」として法律上認められています。しかし、実際には相続人間の話し合いである「遺産分割協議」によって具体的な相続財産を決めるのが一般的です。

 今回の新制度が法定相続関係だけを対象とするのか、遺産分割協議などにより法定相続分とは異なる権利関係となった場合までカバーするものになるのかは、現時点では明確ではありません。新制度がより広範に活用され、不動産の相続登記の促進にも寄与することが期待されるところです。

新制度によってビジネスにどのような影響があるのか?

 このように法定相続情報証明制度が議論された背景の1つとして、相続登記の促進および新規投資の活性化をめざす政府の方針が挙げられます。

 2016年6月2日に「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定されました。その中で、住宅の資産価値が市場で評価されず、適正な価格で売却できないことが、老後に備えた貯蓄率を増やし、ひいては消費性向が伸び悩む要因となっていると分析されています。その解決策として、空き家の多いマンションの建て替え促進に向けた合意形成ルールの合理化、空き家などの所有者の把握を容易にして、解体や建て替えを進めるための相続登記の促進に向けた制度の検討が述べられています。

 他の制度の効果と合わせ、空き家などが解消され、住宅流通が促進されれば、不動産関連ビジネスには一定の好影響が期待できそうです。

 行政書士、司法書士、税理士といった士業分野では、証明書の代理申請などが業務となり得るか議論されています。相続のサポートを提供するコンサルティング業界でもこれを商機と考える向きがあります。金融機関では事務作業の軽減が図られるなど、実務面でも一定の影響を与えることが予想されます。一般事業会社においても、オーナー企業の事業承継の手続きがスムーズに行われるなどの恩恵が考えられます。

 以上のように、「法定相続情報証明制度」は、行政が交付する証明書の1つを新設するだけですが、周辺実務に与える影響やそれに対する期待は大きいものといえます。今後、法務省は金融機関などとの調整を進め、年内にはパブリックコメントを実施した上で、2016年度中に不動産登記規則を改正する予定です。このスケジュールでは、実際の運用は2017年春以降になる模様です。制度の広範な活用と利便性の向上に期待しつつ動向を見守りたいところです。

執筆=北川 ワタル(studio woofoo)

公認会計士/税理士。2001年、公認会計士第二次試験に合格後、大手監査法人、中堅監査法人にて金融商品取引法監査、会社法監査に従事。上場企業の監査の他、リファーラル業務、IFRSアドバイザリー、IPO(株式公開)支援、学校法人監査、デューデリジェンス、金融機関監査等を経験。2012年、株式会社ダーチャコンセプトを設立し独立。2013年、経営革新等支援機関認定、税理士登録。スタートアップ企業の支援から連結納税・国際税務まで財務・会計・税務を主軸とした幅広いアドバイザリーサービスを提供。

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