税理士が語る、経営者が知るべき経理・総務のツボ(第62回) 社長の人間ドック費用は経費で落とせるのか?

経営全般 資金・経費

公開日:2021.07.08

 税務調査では、オーナー社長の会社経費の“公私混同”がよく指摘されます。オーナー社長にとっては、経営が厳しくなれば自分の預金を取り崩し、金融機関からの借り入れの際にも自宅を担保に入れるなどしてお金を借りているため、「会社のお金も自分のお金」と考える気持ちも分からなくはありません。しかし、会社のお金に関しては、税務署がその使途に厳しい目を向けています。

高額な人間ドック費用は経費で落とせる?

 これは、筆者が税理士として仕事をしていたときの話です。ある社長から怒りの電話がありました。「税務調査のとき、私が言いたいことをあまり主張してくれなかった。税務署の言いなりに修正申告をして、多額の税金を納めなければならなくなった。顧問税理士を変更したい」と。

 社長の不満は、税務調査で指摘を受けた「人間ドック」の費用でした。もちろん、筆者は事前に内容を十分に説明し、社長も納得のうえで修正申告を提出しました。

 ところが冒頭の電話で、「友人の会社は、人間ドックの経費を会社で落としても否認されなかった」と抗議してきたのです。電話では納得を得ることはできないと感じたので、直接会って人間ドックの税務上の取り扱いを再度説明しました。

 そもそも「人間ドック」の費用は、税務上次のように取り扱われます。

〇人間ドック・健康診断
 福利厚生の一環として、社員を対象とした「健康診断費用」や「人間ドック」による検診費用を会社が負担した場合、下記の要件を満たす限り、「福利厚生費」で処理することが可能である。インフルエンザ予防接種なども同様の扱いとなる。

<要件1>全社員に受診機会を与えていること
・役員など、「特定の地位」にある人だけを対象として会社が費用負担する場合は、「給与課税」の対象になる。
・健康管理を必要とする「一定年齢以上の希望者を対象」とする場合は、福利厚生費で処理可能である。例えば、全社員のうち「40歳以上の希望者」に対する人間ドック費用を負担する場合は福利厚生費として処理可能である。

<要件2>検診を受けた社員全員分の費用を会社が負担すること
・健康診断や人間ドック費用は、会社から直接診療機関への支払いが必要。負担部分を従業員に直接「金銭」で支給した場合は、給与課税される。例えば、業務上やむを得ず指定日に受診できなかった社員に対し、後日、「人間ドック費用相当」の現金を支給する場合も認められない。

<要件3>健康管理上必要とされる、常識の範囲内の費用であること
・一般的に実施されている2日程度の人間ドック検診費用(著しく高額ではないもの)であれば、「福利厚生費」として処理が可能。
・一般的に検診費用が数十万円程度必要になる「PET(がん)検診」は、著しく高額であると見なされる可能性がある。

 これらの要件を満たせば、「人間ドック」や「健康診断」の費用を福利厚生費として会社経費で落とせます。

 調査の現場でよく指摘されるのが、社長の高額な人間ドックの費用です。税務調査官も、金額が高額ならまず確認します。調査では、社長は決まって「自分が倒れたら会社が潰れる。社員よりも詳しい検査を受けるのが悪いのか」という趣旨の説明をします。この手の説明は調査官も聞き飽きているので、聞いているフリをしても答えは「ノー」と決まっています。高額な人間ドックは否認されます。

 健康診断の費用は、一般的に年齢や勤務年齢、役職などに応じた「全社員」を対象とする社内規定を作り、税務調査時に「給与課税」されないような対策が望まれます。社員に受診機会を与えていれば、受診しなかった従業員がいても、課税関係には影響しないと考えられます。例えば「受診率」が半分以下であっても、「福利厚生費」として処理しても大丈夫でしょう。

コロナ禍におけるPCR検査を経費で落とせるのか

 コロナ禍において、海外出張の際にPCR検査の「陰性証明書」が要求されるケースがあります。これまでにない経費なので、取り扱いに困る会社も少なくないようですが、業務上「PCR検査」を会社が負担した場合は、福利厚生費として落とせます。従業員も「業務を遂行するうえで必要な場合」は給与課税されません。オーナー社長が海外子会社に出張する際も同様です。

 海外出張の際に受検が必要な場合や、社内クラスターの予防的な意味合いで、念のため検査しておくケースもあり、この場合は「業務の遂行上」必要といえます。

 人間ドックなどは原則として「従業員全員を対象」とする必要があったのに対し、PCR検査の場合は、「業務の遂行上」必要な場合であれば、一部従業員の場合でも「福利厚生費」処理が可能になりそうです。

健康保険などの消費税は課税?非課税?

 消費税法第6条の規定により、健康保険法などに基づく「社会保険医療の給付等に係る資産の譲渡」は非課税取引とされています。

 しかし、健康保険などの対象となる医療、診療代などが「非課税」扱いとなるだけですので、健康診断費用や人間ドック費用、PCR検査費用は、上記の「非課税取引」には含まれていません。従って、これらは消費税「課税取引」となります。

・1人社長の場合
 そもそも「福利厚生費」は、従業員に対しての非金銭報酬であり、1人社長自身への支払いは「福利厚生費」に該当しません。法人の場合、法人と個人は別人格とされ、1人社長の立場も従業員の1人ともいえます。しかしながら、基本的には「給与認定」される可能性が高いと思われます。

・経済的利益
 税務調査においては、人間ドックに限らず、役員のみが恩恵を受けるような支払いは「経済的利益」が発生していたかどうかが争点となります。「経済的利益」と見なされた場合どうなるのかというと、ズバリ「給与」として扱われます。そして、社長の人間ドック費用が会社経費(福利厚生費)で認められなかった場合の税金ですが、

(1) 役員に対するものであれば「役員賞与」となるので、経費にならない → 法人税が増える。
(2) 社長個人は人間ドック費用相当額が給与扱いされるため、所得税・住民税が増える。
(3) 給与なので源泉徴収の対象となる → 源泉徴収していないとペナルティーがある(専門用語では「認定賞与」という。認定賞与となれば、賞与相当額の源泉所得税が追徴される。また消費税が非課税となり消費税も追徴される)。

 法人の調査なのに所得税も払わなければならないため、税理士の間では「往復ビンタ」といったり、3つのペナルティーを課せられることから「トリプルパンチ」といったりします。もちろん本税の増加だけでなく、加算税・延滞税もかかってきます。

人間ドックの費用に対する、ある会社への裁決

 最初の“友人の会社の社長の「人間ドック」費用が、税務の修正事項にならかった”話に戻りますが、筆者は、その社長は支出要件をクリアしていたと思われる旨を話しました。すると顧問先企業の社長から、「費用と認められない条件は理解できたが、具体的にいくらなら“高額”にならないのか」と質問がありました。

 例として、ある会社と税務当局の、人間ドックの費用についての裁決を紹介しました。この会社の人間ドックの費用は次のようなものでした。

・役員のみが人間ドックを受診していた
・人間ドックの費用は役員1人につき35万円程度だった
・従業員が受けたのは通常の健康診断のみで、費用も1人につき約1万8000円だった

 会社側の主張は、

・生活習慣病の予防を目的とした人間ドックは一般的である
・役員に経済的利益をもたらさない
・一般的な人間ドックとおおむね同じ内容である
・役員が病気になった場合は従業員が病気になった場合よりも影響が大きく、経営上のリスクがあるから合理的である

 というものでした。しかし、国税不服審判所は以下の判断により、人間ドックの費用は役員賞与に該当するため、経費に認められないという税務当局の主張を認めています(平成28年9月20日)。

・役員の人間ドックの費用と従業員の健康診断の費用には大きな格差がある
・生活習慣病の予防を目的とした人間ドックを無償、または、低額で受診することは経済的利益の享受に当たる
・会社側が主張する経営上のリスクという事情と人間ドックの費用が賞与に該当するか否かは無関係である 

 この裁決などを聞いて、社長は今回の調査結果を理解してくれました。そして想定外の税金を追徴され感情的になってしまったと反省し、顧問契約を継続してくれました。

執筆=米山 英一

税理士・(一社)租税調査研究会主任研究員。 米山英一税理士事務所所長。税務大学校の教育官をはじめ、東京国税局の調査部門で大規模法人(銀行、不動産、食品、外国法人、特別調査)の調査を担当。初代の連結納税部門の実務責任者(総括主査)として、現在の調査手法などの基礎を築く。都内税務署では法人税調査や相続税調査などの責任者として活躍。2013年7月退職、同年8月税理士登録。

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