弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話(第90回) 2022年6月施行、改正公益通報者保護法に備える

法・制度対応

公開日:2022.03.28

 リコール隠しや食品偽装などの企業不祥事が相次ぎ大きな社会問題となったことを背景に、2006年4月に、公益通報者保護法が施行されました。

 ところが、同法成立後も、企業の内部通報制度が機能せず、大きな不祥事に発展した事例が後を絶ちませんでした。そこで、2021年6月に公益通報者保護法の一部を改正する法律が公布され、本年6月より施行されます。

 本稿では、施行前のこの時期に、改正前の公益通報者保護法について概観した上で、今回の主な改正点について解説します(以下で、「法」とは、公益通報者保護法をさします)。

そもそも保護法、保護制度とは?

 企業による一定の違法行為などの不祥事を、労働者が企業内の通報窓口や外部のしかるべき機関に通報することを「公益通報」といいます。

 これにより、企業の不祥事の是正を促し、国民の生命、身体、財産その他の利益への被害拡大を防止することが期待できます。ただ反面、通報した労働者は、そのことにより企業から解雇や降格などの不利益な取り扱いを受ける恐れがあります。

 そこで、企業による不祥事から国民の生命、身体、財産などを保護するため、公益通報を促進するとともに、公共の利益のために不祥事を告発した労働者を解雇や降格などの不利益な取り扱いから守ることを目的として制定されたのが公益通報者保護法です。

 そして、同法により、労働者が、どこへどのような内容の通報を行えば保護されるのかというルールを明確にしたものが、公益通報者保護制度です。

 当然、経営者も何が不利益な取り扱いに当たるのかという点など、保護法、保護制度についてしっかりと知っておく必要があります。そうしないと、不祥事によるイメージ悪化に加えて、保護法に違反した企業というレッテルも貼られてしまいます。

改正前の公益通報者保護制度について

 ここで、改正前の公益通報者保護制度について見ておきます。通報者、通報内容、通報先、保護内容の4点を整理しておきましょう。  

(1)通報者
通報者は「労働者」に限られます(改正前法2条1項2項)。この「労働者」には、正社員のみならず、アルバイト、パートタイマー、派遣労働者、取引先の社員・アルバイトなども含まれます。

(2)通報内容
通報する内容(通報対象事実)は、特定の法律に違反する犯罪行為などです(改正前法2条3項)。例えば、勤務先の役員や従業員が他人の物を盗んだり横領したりすること(刑法に違反)、勤務先の会社が安全基準を超える有害物質が含まれる食品を販売すること(食品衛生法に違反)などです。ちなみに、公益通報の対象となる法律は、2022年1月24日時点で480本あります。

(3)通報先
通報先は、①勤務先などの事業者内部(社内の相談窓口、管理職・上司、事業者が契約する法律事務所など)、②行政機関(通報された事実について勧告、命令できる機関)、③その他の機関や団体(報道機関、消費者団体、労働組合など)の3つです(改正前法3条)。

 通報先で注意すべきポイントは、どこに通報するかによって、通報した労働者が保護されるための要件が異なるということです。

 具体的には、①事業者への内部通報は、「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思われること」で足ります。これに対し、②行政機関への外部通報は、「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由」(真実相当性)が必要となります。さらに、③その他の機関や団体への外部通報は、真実相当性に加え、以下のうち1つの事由(特定事由といいます)があることが必要となります。

ⅰ、内部通報・行政通報では不利益な取り扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある。

ⅱ、内部通報では証拠隠滅などの恐れがあると信ずるに足りる相当の理由がある。

ⅲ、労務提供先から公益通報をしないよう正当な理由なく要求された。

ⅳ、内部通報を文書(電子的方式なども含む)でした日から20日を経過しても調査する旨の通知がないまたは正当な理由がないのに調査が実施されない。

ⅴ、個人の生命・身体に危害が発生しまたは発生する急迫の危険があると信ずるに足りる相当の理由がある。

 内部通報の保護要件が緩やかで、報道機関や消費者団体などへの外部通報の保護要件が最も厳しいのは、公益通報により事業者の名誉や信用などの利益が不当に侵害されることのないよう、労働者に、まずは内部通報を検討することを促していると考えられます(ただし、各通報先に優先関係はなく、通報者は自らの判断で通報先を自由に選択することができます)。

(4)保護内容
上記の(1)から(3)の要件を満たす公益通報を行った通報者たる労働者は、次のように保護されます。

ア、解雇・解除の無効
労働者が公益通報をしたことを理由として、事業主が、その者を解雇することは無効となります(法3条本文)。

 また、派遣労働者が公益通報をしたことを理由として、派遣先が、派遣元との労働者派遣契約を解除することは無効となります(法4条)。

イ、不利益な取り扱いの禁止
解雇のほか、従業員が公益通報をしたことを理由として、事業主が、当該労働者に対し、降格、減給などのほか不利益な取り扱いをすることは禁止されています(法5条)。

公益通報者保護法の主な改正点

 以上を踏まえ、制度の実効性を高めるため、2021年6月に改正され、本年6月より施行されます。改正法のポイントは以下の7点です。

(1)「通報者の範囲」の拡大
「労働者」に加えて、退職後1年以内の者に限り「労働者であった者(退職者)」が追加されました(改正法2条1項1号)。また、「役員」も追加されました(同条項4号)。ただし、「役員」による外部通報が保護されるためには、原則として事業者内部において、調査是正措置(善良な管理者と同一の注意をもって行う、通報対象事実の調査およびその是正のために必要な措置)を取ることに努めたことが必要です。

(2)「通報対象事実の範囲」の拡大
特定の法律に違反する犯罪行為などに加えて、行政罰(過料)の対象となる規制違反行為について追加されました(改正法2条1項1号)。

(3)「行政機関への通報の保護要件」の拡大
行政機関への通報の保護要件として、真実相当性があることが必要でしたが、改正により、真実相当性がない場合であっても、通報対象事実が生じ、またはまさに生じようとしていると思料し、かつ、氏名、住所、通報対象事実の内容などを記載した書面を提出する場合には、保護されることになりました(改正法3条2号)。

(4)「報道機関、消費者団体などへの通報の保護要件」の拡大
報道機関、消費者団体などへの通報の保護要件は、真実相当性に加えて、前掲ⅰ~ⅴのうち1つの特定事由が必要でした。この点、改正により、

ⅵ、通報者を特定する情報が漏れると信ずるに足りる相当の理由がある場合

ⅶ、個人の財産に対する回復困難または多額の損害が発生し、または発生する急迫な危険があると信じるに足りる相当の理由がある場合

が、特定事由に追加されました(改正法3条3号ハヘ)。

(5)「内部通報体制の整備義務」(新設)
改正により新たに、事業者は、公益通報を受けて当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、その是正に必要な措置を取る業務(公益通報対応業務)に従事する者(公益通報対応業務従事者)を定めることが義務付けられました(改正法11条1項)。

 また、事業者は、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の順守を図るため、公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を取ることが義務付けられました(改正法11条2項)。

 この整備義務は、今回の改正において最も重要な事項の1つです。そのため、改正法11条4項に基づき、2021年8月に具体的な体制整備に関する「指針」が公表され、さらに、同年10月に、消費者庁より、「指針の解説」が示されています。ただし、この点に関しては、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者は、努力義務とされています(改正法11条3項)。

(6)「守秘義務」(新設)
上記(5)に関連して、公益通報対応業務従事者(過去に同従事者であった者も含む)は、正当な理由がないのに公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない守秘義務を負います(改正法12条)。そして、係る守秘義務に違反した場合には、30万円以下の罰金の対象となります(法21条)。

(7)「損害賠償責任の免除」(新設)
改正により、事業者は、公益通報によって損害を受けたことを理由として、当該公益通報をした通報者に対し、損害賠償請求することができないことが明記されました(改正法7条)。

 経営者は、公益通報者保護の目的を十分に理解し、制度の実施について真摯に取り組むことが求められます。その際、重要なことは、社内において内部通報制度を充実させ、かつ実効性のあるものとし、不祥事に対する自浄作用があることについて、従業員の信頼を得ておくことです。

 これにより、従業員が内部通報を経ることなく外部通報をして不祥事が世間に明るみとなり、会社の社会的信用が著しく損なわれるという、会社にとって最も避けなければならない事態を未然に防ぐことが期待できます。

執筆=上野 真裕

中野通り法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属)・中小企業診断士。平成15年弁護士登録。小宮法律事務所(平成15年~平成19年)を経て、現在に至る。令和2年中小企業診断士登録。主な著作として、「退職金の減額・廃止をめぐって」「年金の減額・廃止をめぐって」(「判例にみる労務トラブル解決の方法と文例(第2版)」)(中央経済社)などがある。

【T】

あわせて読みたい記事

  • 弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話(第123回)

    自転車の「酒気帯び運転」が新たな罰則対象に

    法・制度対応

    2025.01.17

  • 弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話(第122回)

    「代表取締役」と「社長」の違い知っていますか?

    法・制度対応

    2024.11.21

  • 弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話(第121回)

    カスハラ対策に真剣に取り組もう

    法・制度対応

    2024.10.22

連載バックナンバー

弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話