弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話(第50回) 社員の副業・兼業、どう認める?どう規制する?

働き方改革 法・制度対応

公開日:2018.11.26

 副業や兼業(以下、「副業」)をしたいと考えているビジネスパーソンが、近年増加傾向にあります。総務省の「平成29年就業構造基本調査」によると、有業者(ふだん収入を得るために働いている人)の中で、現在、就いている仕事を続けながら、他の仕事をしたいと思っている人の比率は、6.4%。この比率は、前々回調査(平成19年)では5.2%、前回調査では5.7%でした。

 こうした変化の一方、これまで多くの企業では、社員の副業の要望についてそれほど配慮することはありませんでした。せいぜい就業規則に、「許可なく他の会社などの業務に従事しないこと」といった規定を置くだけで、あまり関心を払ってきませんでした。

 ただ最近は、社員が副業をすることは、本人はもちろん会社にもメリットがあるという見方が広がっています。まず、本人は主体的なキャリア形成や所得増加など新たな働き方を実現することができます。そして企業には、優秀な人材の獲得・流出防止、外部資源(情報、人脈)獲得による事業機会の拡大などのメリットが期待できるというわけです。

 さらに、働き盛りの世代が副業により生産性を向上させれば、我が国の経済における制約要因の1つとなっている生産年齢人口の減少への対策になりますから、社会的な意義もあるわけです。

 こうしたことから、政府は社員の副業を促進する政策を打ち出しています。具体的には、厚生労働省が2018年1月、2017年の「柔軟な働き方に関する検討会」での議論を踏まえて、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下では、「ガイドライン」といいます)を策定しました。併せて「副業・兼業」に関するモデル就業規則も改定しています。

 本稿では、こうした環境の変化を捉えて、企業はどのように社員の副業について認め、また、一定の規制を及ぼしていけばよいのかについてアドバイスします。副業の規制に関するこれまでの裁判例の基本的な立場を説明した上で、ガイドラインと改訂されたモデル就業規則の規定を解説します。

副業の規制に関するこれまでの裁判例

 これまでの裁判例では、企業が就業規則において、社員が許可なく兼職(二重就職)することを禁止し、違反した社員に対し、懲戒処分や解雇を行い、その処分が争われるというのが典型的なケースです。

 そうした裁判例でも、基本的な前提は、社員が勤務時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的に社員の自由であるということです。就業規則の規定にかかわらず、企業が社員の兼職を一律に禁止することは許されません。

 ただ、兼職の目的(競業他社での就労か否かなど)、態様(たいよう/兼職の時間・職種、本来の勤務との重複・隣接など)、期間(継続的な雇用関係かアルバイトにとどまるかなど)といった個別事情によって、本来の業務が不能あるいは困難となったり、企業秘密の流出、企業の社会的信用の失墜など、企業の正当な利益を害したりするような兼職については、許可制とすることを有効としています。

 例えば、会社の幹部社員が競業他社の取締役に就任したことの是非について争われた裁判では、営業秘密の漏えいの恐れや、同人の地位に鑑み企業秩序を乱す恐れが大きいとして、兼職許可制の違反を認め、当該社員の解雇を有効としています(橘元運輸事件、名古屋地判昭和47年4月28日)。

 一方、企業の正当な利益を害することがなければ、兼業は認められます。典型的なのは、運送会社がトラック運転手の過労事故を防止するために定めた兼職許可基準の範囲内で、準社員からアルバイト就労の申請がなされたのを不許可としたことについて争われた裁判です。この事案では不許可には理由がないとして、会社の損害(慰謝料)賠償責任を認めました(マンナ運輸事件、京都地判平成24年7月13日)。

ガイドラインで示された社員の副業に関する企業の対応

 以上のような裁判例の基本的な立場を踏まえた上で、2018年のガイドラインでは、社員の副業に関する企業の対応について、「原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当である」と明示しました。

 「副業・兼業を禁止、一律許可制にしている企業は、副業・兼業が自社での業務に支障をもたらすかものかどうかを今一度精査したうえで、そのような事業がなければ、労働時間以外の時間については、労働者の希望に応じて、原則、副業・兼業を認める方向で検討することが求められる」としています。就業規則などにおいて副業を一律に許可制にしている企業に対して、副業を希望する社員がそれを行うことができるような配慮を求めているのです。

 そして、企業が「実際に副業・兼業を進めるにあたっては、労働者と企業双方が納得感を持って進めることができるよう、労働者と十分にコミュニケーションをとることが重要である」として、社員との協議などにより副業に関する適切なルールづくりをしていく重要性を指摘しています。

 ガイドラインは法規制そのものではないので、直ちに裁判で争う際の根拠規定になるものではありませんが、これは副業を一律許可制としている多くの企業に対し、副業の促進に向けて大きな意識改革を迫るものといえます。

 もっとも先に述べた通り、従来の裁判例では、本業に支障のある兼職や企業秘密漏えいの恐れなどがある兼職については、許可制とすることが許されており、副業を認めるに当たっては、企業の正当な利益保護との調整が求められます。

 ガイドラインではその点を踏まえ、「副業・兼業を認める場合、労務提供上の支障や営業秘密の漏洩等がないか、また、長時間労働を招くものとなっていないか確認する観点から、副業・兼業の内容等を労働者に申請・届出させることも考えられる」とし、企業が副業に関して労働者から申請・届出を求めることを1つの方向性として示しています。

 さらに「……副業・兼業の内容等を示すものとしては、当該労働者が副業・兼業先に負っている守秘義務に留意しつつ、例えば、自己申告のほか、労働条件通知書や契約書、副業・兼業先と契約を締結する前であれば募集に関する書類を活用することが考えられる」として、企業に対して、社員が副業先へ負っている守秘義務に配慮しつつも、社員の副業の内容について具体的に把握することを認めています。

 社員が複数社で雇われている場合には、労働時間に関する規定の適用は通算されることになります(労働基準法第38条、労働基準局通達(昭和23年5月14日基発第769号))。ですから、企業は社員の労働時間を把握するためにも、副業先の勤務状況を知っておく必要があります。さらに社員の健康状態を把握するためにも、副業の内容などを当該社員に申請・届出させることが望ましいとされます。

モデル就業規則の規定

 以上のガイドラインに示された社員の副業の促進およびその適切な規制に関するあり方を踏まえ、平成30年1月に改定されたモデル就業規則を紹介しておきます。

 (副業・兼業)
第67条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。
3 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することができる。

(1) 労務提供上の支障がある場合
(2) 企業秘密が漏洩する場合
(3) 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
(4) 競業により、企業の利益を害する場合

 モデル規定は、副業に関するこれまでの裁判例やガイドラインを踏まえたものであり、副業は原則可能であることを1項で明示しています。そして、2項において届出制であることを定め、3項において会社の正当な利益を保護しています。

 これはあくまでモデル規定です。就業規則の内容は事業場の実態に合ったものでなければならないので、副業・兼業規定の導入・改定の際には、労使間で十分コミュニケーションを取って検討する必要があることは言うまでもありません。

執筆=上野 真裕

中野通り法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属)・中小企業診断士。平成15年弁護士登録。小宮法律事務所(平成15年~平成19年)を経て、現在に至る。令和2年中小企業診断士登録。主な著作として、「退職金の減額・廃止をめぐって」「年金の減額・廃止をめぐって」(「判例にみる労務トラブル解決の方法と文例(第2版)」)(中央経済社)などがある。

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