弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話(第44回) 「障害者雇用促進法」が改正され、対象範囲が拡大

法・制度対応

公開日:2018.02.23

 政府は、障がいのある人(身体障がい、知的障がい、精神障がいその他心身の機能に障がいのある人)が職業を通じ、誇りを持って社会に参加できるように、障がい者雇用対策を進めています。「障害者の雇用の促進等に関する法律」(障害者雇用促進法)を制定し、企業に対して、一定の比率(法定雇用率)以上の障がい者を雇用することを義務付けています。

 法定雇用率を満たしていない企業からは納付金を徴収しており、逆に雇用義務数より多く障がい者を雇用する企業に対して調整金を支払ったり、障がい者を雇用するために必要な施設設備費などに助成したりしています。こうした結果、厚生労働省による2017年のデータでは、雇用されている障がい者数は約50万人(雇用義務ある企業のみの集計)に上り、14年連続で過去最高を更新しています。

 2018年4月1日からは障害者雇用法の改正により、障がい者の法定雇用率の引き上げと、対象となる民間企業の規模が変更されます。本記事では、2018年4月の改正内容を紹介し、2016年4月の法改正で登場した「合理的配慮」という概念を用いて解説することで障がい者雇用におけるトラブル防止を考えます。

法定雇用率の上昇と、民間企業の適用範囲拡大

 前述の通り、企業には、常時雇用する労働者の総数に応じて、障がいのある労働者を一定の割合以上雇うことが法的に義務付けられています。その割合(法定雇用率)は、2018年4月に2%から2.2%へ引き上げられます。割合が変更されたことで、障がい者を雇用しなければならない民間企業の範囲も従業員数が50人以上から45.5人以上へと引き下げられます。すなわち、常時雇用する従業員数が46人の企業であれば、1人以上の障がいのある労働者を雇用する義務が生じることになるのです。

 さらに2021年4月には、法定雇用率が2.3%に引き上げられることも決まっています。そうなると、従業員数43.5人以上の企業は、障がい者雇用の義務が発生します。

 実は、このような法定雇用率が定められていてもそれを達成している企業は、50%に過ぎません(2017年6月1日現在)。従業員50~100人未満の企業の達成率は46.5%、1000人以上企業でも、62%でした。未達成の企業は、早急に取り組む必要があります。

 しかし、法令によって雇用義務があるからといって、何の対策も取らないまま障がいのある人を雇用すると、トラブルが発生する可能性があります。最悪の場合、せっかく雇用した人材が退職してしまうケースも考えられます。

雇用の前に合理的配慮を理解して円滑に

 こうした問題を避けるためには、障がい者雇用を実施する前に、「合理的配慮」という概念を理解しておく必要があります。合理的配慮とは、労働分野においては「障害者である労働者に対し、その能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために、その障害特性に配慮して、職務の円滑遂行に必要な措置を講じること」とおおむね定義されています。

 この合理的配慮は、企業や当該労働者ごとに個別具体的に決められるべきものですが、いくつかの具体例が、厚生労働省が策定した「合理的配慮指針」に記載されています。

 例えば、(1)視覚障がいの労働者に対して、作業をしやすくするために拡大読書器や音声ソフトの提供を行うこと(2)内部障がい(難病の人など)の労働者に対して、通院や健康配慮のために出退勤時刻・休暇につき勤務調整を行うこと(3)発達障がいの労働者に対して、業務指示やスケジュールを明確にし、指示を1つずつ出す、作業手順について図などを活用したマニュアルを作成するといった対応を行うこと、などがあります。厚生労働省のウェブサイトには、ほかにも事例集やQ&Aがありますので、参照の上、適切な合理的配慮を実施していくとよいでしょう。

合理的配慮は「単なる配慮」ではなく法的義務がある

 この合理的配慮は、任意の配慮ではありません。合理的配慮を提供することが法律に定められた義務であり、違反すれば行政指導や勧告の対象になり得るので注意が必要です。つまり、障がいのある労働者が業務をするに当たり、支障となるものを取り除き実質的な平等を実現するということが法的な義務として課せられているのです。

 ただ、企業規模や財政上の問題から合理的配慮を提供することが企業にとって過重な負担となるケースもあるでしょう。その場合には合理的配慮義務は免除されます。もちろん、それでも、実施可能な代替の合理的配慮を提供することが求められています。

 念のため重ねて書きますが、合理的配慮は義務だから仕方なしに提供するものではありあません。障がいのある労働者が能力を発揮できるようにすることで、企業と当該労働者の両方に大きなプラスになることだと考えて、積極的に取り組むことがポイントです。

大事なのは法的義務ではなく相互理解

 合理的配慮を提供する際には、事業者と労働者との間で、働く際にはどのような支障があって、どのような措置が必要なのかということをお互いに話し合う手続きが求められています。ある学校法人において、発達障がいのある教員に対して、合理的配慮の手続きをせずに解雇したところ、その解雇は無効であると判断した裁判例もすでに出ていますので、注意が必要です。

 合理的配慮を提供するための話し合いの中で、コミュニケーションを密に取ることが雇用トラブルを予防する大きな秘訣となります。障がい者雇用においては、労働者の障がい特性そのものから生じるトラブルよりも、職場内における障がいのある労働者と同僚との人間関係の不和によるトラブルの方が深刻になりやすいのです。障がいのある人とない人で、互いにどう接してよいか分からず、障がいのある労働者が孤立してしまうことが珍しくありません。

 こうしたトラブル防止には、障がいのある労働者の業務指導や相談に関して担当者を定めて、改善策について常に話し合える状況を設けることや、同僚に対して障がい特性や気を付けてほしいことなどを周知する場を設けるなど、理解を深める場を設定することがポイントになります。

 前述の厚生労働省の合理的配慮指針でも、「合理的配慮は、個々の事情を有する障がい者と事業主との相互理解の中で提供されるべき性質のものであること」と定められています。この相互理解こそが、もっとも重要な合理的配慮の基礎であり、障がいの有無にかかわらず労働者が職場で、共に働くことができる環境づくりの秘訣といえます。

※文中では「障がい」および「障害」の2種類の表記を使っています。法律の名称や公的な文書では「障害」を用いており、原文ママとしています。そのほかの場合は、新聞表記にのっとり「障がい」と表記しています。ご了承ください

執筆=向川 純平

弁護士(横浜法律事務所) 労働事件や障がい者の権利に関する問題に取り組むほか、さまざまな民事事件を取り扱っている。執筆分担した著書として、『詳説 障害者雇用促進法』(弘文堂)など。

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