ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
取引先が売掛金を支払ってくれなかったことや、お客さんに代金を踏み倒された経験がある企業は少なくないと思います。こうした場合には当然、お金を支払ってくれという権利はあります。ただ、権利があるといっても、債務者が任意に払ってくれないのであれば、最終的には裁判などの法的手続きにより債権回収を進めるしかありません。これに対して非常に影響を及ぼす法改正がありました。
2019年5月10日、民事執行法の一部を改正する法律が成立しました(以下:「新法」)。新法は、一部の規定を除いて2020年4月1日から施行される予定です。民事執行法という法律は聞き慣れないかもしれませんが、例えば裁判で勝訴したにもかかわらず、債務者が債務を履行してくれない場合には民事執行法に従って強制執行をしますので、いわゆる債権回収には深く関係する法律です。
債権回収を進めるには、まずは裁判などの手続きにより、法的に権利があることを確定する必要があります。ただ、裁判で勝訴したとしても債務者からの支払いが確約されるわけではなく、任意に支払ってくれない場合もあるでしょう。そのような場合は、確定した判決などに基づいて強制執行する必要があります。例えば、金融機関に対する預金債権の差し押さえや不動産の差し押さえが強制執行の代表的な例です。
強制執行をするには、債権者の方で債務者の財産を特定しなければいけません。例えば、預金を差し押さえる場合はどこの金融機関の何支店に口座があるか、不動産を差し押さえる場合には所在や地番などを特定しなければならないのです。運よく債務者名義の口座や所有不動産が判明している場合はよいのですが、仮に判明していない場合は裁判で勝訴していたとしても、執行することができず、結局は絵に描いた餅になってしまいます。しかしながら、債権者にとって債務者の財産を特定することは容易なことではありません。
従来このような問題点が指摘されていたため、今回、債務者の財産を開示する手続きの強化だけでなく、債務者以外の第三者から債務者の財産に関する情報を取得できるようになるなど、債権回収の実効性が高まる複数の改正がされました。
債務者の財産を開示する手続きとしては、従来、財産開示手続きという手続きが存在していました。これは債務者を裁判所に呼んで、財産に関する情報を債務者自身に陳述させる手続きです。ただ、従来の制度では、債務者が出頭しなかった場合や虚偽の陳述をした場合などに対する制裁が弱いため、あまり実効性の高い制度とはいえませんでした。また、公正証書で強制執行できる場合なども制度の対象から除外されていたこともあり、利用率が低調でした。
そこで、新法では財産開示手続きにおける制裁が強化され、刑事罰が科せられることとなりました。これにより、債務者が出頭しなかった場合や虚偽の陳述をした場合などは6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられることになりました(新法213条5号および6号)。債務者としては、財産開示手続きに協力しないと刑事罰が科せられ前科が付きますから、これにより財産開示手続きの実効性が高まると考えられます。
また、財産開示手続きを利用できる範囲も拡大され、公正証書により強制執行できる場合や仮執行宣言付き判決を得た債権者も利用できることとなりました(新法197条1項)。企業間で資金を貸し付ける際には公正証書を作ることはしばしばありますが、この改正により財産開示手続きを利用できることになります。
今回の改正では、債権者による申し立てにより、裁判所が債務者の財産について情報を持っている第三者に対して、情報提供を命じる制度も新設されました。この制度は、強制執行をできる債権者が、財産開示手続きを行ったにもかかわらず、なお債権が回収できなかった場合が対象になります。
まず、銀行や証券会社などの金融機関からは、債務者名義の預金債権、上場株式、国債などの情報を取得することができます(新法207条1項)。例えば預金債権であれば、金融機関は債務者名義の口座を調べて、口座が存在する場合は、取扱店舗、預金の種別、口座番号、残高などの情報について回答をしますので、これにより残高の存在する金融機関に対して再度の強制執行を申し立てることができます。
また、登記所からは債務者の所有する土地・建物についての情報を取得することができます(新法205条1項1号)。登記所から提供される情報としては、不動産を特定するに足りる事項として、土地であれば所在や地番などの情報が、建物であれば所在や家屋番号などの情報が想定されています。
以上、民事執行法の改正について見てきました。今までは債務者の財産を把握していない場合は事実上債権回収が困難な状況にありましたが、今回の改正で債務者の財産を特定する制度が設けられることになり、債権回収の実効性が高まるものと考えられます。
執筆=近藤 亮
近藤綜合法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属) 平成27年弁護士登録。主な著作として、『会社法実務Q&A』(ぎょうせい、共著)、『少数株主権等の理論と実務』(勁草書房:2019、共著)、『民事執行法及びハーグ条約実施法等改正のポイントと実務への影響』(日本加除出版:2020、共著)などがある。
【T】
弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話