ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
近年、台風や大雨といった自然災害による被災が相次いでいます。先日は東京の人気住宅地である二子玉川や、高層マンション群で知られる神奈川県の武蔵小杉でも、住宅に浸水被害が発生し、大きな話題になりました。
台風や地震などの自然災害に被災してしまい、賃借している店舗やオフィスが浸水・倒壊して使用できなくなり事業活動に支障が生じてしまった場合、建物の修繕義務、賃料の支払い、営業補償はどうなるのでしょうか。
まず、自然災害によって、借りていた店舗やオフィスの建物自体が滅失してしまった場合には、もはや建物を貸すことは不可能ですから賃貸借契約は当然に終了します。もちろん賃料を支払う必要はありません。
ただし、こうした場合、「大規模な災害の被災地における借地借家に関する特別措置法」により、従前の賃貸人が、建物を再築し賃貸しようとするときは、その旨を従前の借家人に通知することにより、従前の借家人に元の居住していた場所に戻る機会が付与されることになります。従来と同じ場所でビジネスを再開できるチャンスが与えられるということです。
他方で、建物を修繕することが可能である場合、賃貸借契約は存続します。この「建物を修繕することが可能」というのは、物理的に修繕不可能な場合のほか、修繕に莫大な費用がかかり経済的にみて修繕が不合理な場合も除外されます。
賃貸人は、建物を使用収益させるのに必要な修繕を行う義務がありますので(民法606条1項。以下、断りのない限り現行の民法)、賃借人としては賃貸人に対して、被災した建物に関して、賃貸人の費用負担で必要な修繕を行うよう求めることができます。修繕をしている期間中、建物を使用できない場合は、その分の賃料は支払う必要はありません。また、建物の一部が使用できない場合も、その分の賃料の減額を請求することができます。
この修繕義務はいかなる場合でも生じるわけではありません。修繕することが可能であって、修繕しなければ使用収益できない場合に生じます。従って、そもそも修繕が不可能な場合や修繕をしなくても使用できる場合には賃貸人に修繕義務はありません。
賃借人が賃貸人に対して修繕を求めたにもかかわらず、賃貸人が修繕義務を果たさない場合は、賃貸人に対して損害賠償請求をすることに加えて、賃借人が賃貸人に代わって必要な修繕を行った上で、賃貸人に対しその費用を必要費として請求することが可能です(民法608条1項)。賃借人は、この必要費と毎月の賃料とを相殺することもできます。
来年の4月から施行になる改正後の民法では、賃貸人が修繕する必要があることを知ったにもかかわらず相当な期間内に必要な修繕を行わない場合や、急迫の事情がある場合には賃借人自身が修繕を行うことができるようになります(新法607条の2)。この場合、賃貸人が負担すべき費用を支出した場合は、賃貸人に必要費として償還請求できるのは上記と同様です。
店舗やオフィスといった事業用の建物の賃貸借契約においては、修繕費用を賃借人が負担するという特約が盛り込まれていることがあります。このような特約があれば、契約の解釈にもよりますが、原則として賃貸人は修繕をしなくてよいことになります。しかし、こうしたケースでも、契約時に予想していなかった大規模な修繕が必要になる場合は、賃貸人負担で修繕をする義務が生じる可能性があるため、契約書で賃借人が負担するとなっていても、弁護士などの専門家に相談してみましょう。
自然災害により建物の一部が滅失した場合、その利用できなかった部分や期間に応じて、賃料の減額を請求することができます(民法611条1項、借地借家法32条)。ただし、賃貸人と協議をせずに一方的に減額をする場合は、賃料未払いのトラブルになりかねないため注意が必要です。賃料が減額される割合はケース・バイ・ケースであり、事案により異なります。使用収益できなくなった面積の割合や、建物利用目的にどの程度の支障が生じたといった事情を総合的に考慮して判断される傾向のようです。
この点に関しても、改正後の民法では、建物の一部が「滅失」した場面に限らず、「使用収益ができなくなった場合」とより広い範囲で賃料減額が認められることが明示されており、賃借人の請求を待たずに当然に賃料が減額されることになりました(新法611条1項)。
こうした改正があるだけに、「使用収益ができなくなった場合」がどのような内容を指すのかが問題になります。まず、物理的に建物を利用できなくなったケースが、使用収益ができなくなった場合に該当することは想像に難くないでしょう。それでは、賃借しているオフィスや店舗が、停電したり断水したりして利用できない場合はどうでしょうか。
この場合は、原因によって異なります。例えば、賃借している建物の電気や水道の設備には被害はなく、その地域のインフラに被害が生じて賃貸物件の使用収益ができなくなったケース。この場合、利用できる設備を提供していれば賃貸人は義務を果たしていることになりますので、賃借人は賃料を支払わなくてはなりません。
一方、インフラは被害を受けず、問題なく電気やガスなどが供給されているのに、建物設備が破損したことによって使えないケースも考えられます。この場合、賃貸人に修繕義務が生じることは前述の通りです。また、修繕期間中など使用収益ができなくなった期間分だけ、賃料減額の請求が可能になります。
それでは、インフラと建物設備の両方が被害を受け、建物が使えなくなった場合はどうでしょうか。この場合、賃貸人が建物設備の修繕を行うまで賃料を支払う義務は発生しませんが、賃貸人が修繕を完了して建物を使用収益することが可能になった段階で賃料を支払う義務が発生します。
複数の店舗が入居するショッピングモールに出店している場合、たとえ自分の店舗にはまったく被害がなくても、エレベーターなど共用設備の問題でショッピングモールの運営者が判断し、店舗の営業ができなくなる可能性もあります。この場合は賃貸人としては、賃貸部分である店舗部分だけを使用収益可能な状態にすればよいというわけではなく、賃貸部分を支障なく利用することができるよう共用設備についても使用収益可能な状態にしなければ賃貸人としての義務を果たしたとはいえないため、賃料支払い義務は発生しないものと考えられます(東京地裁平成10年9月30日参照)。
自然災害により店舗やオフィスなどが使用できなくなってしまった場合、自然災害という賃貸人に責めのない事象により貸すことができなくなっているので、賃借人に対して、営業補償を請求することは原則として難しいと考えられます(民法415条参照。ただし、賃貸人側の事情により損害が発生してしまった場合は別です)。
ただし、営業補償に関する保険に加入することにより、保険金を請求するという形で、リカバリーすることが可能です。こうした災害による被害を補償する保険は、多種多様なものが提供されています。補償内容は保険会社や保険商品ごとに異なりますので、自社に合ったものを探すといいでしょう。
政府や地方自治体などによる被災した中小企業に対する支援も数多く存在しています。補助金の給付、支払猶予、日本政策金融公庫による長期・低金利の融資を受けることができる可能性があります。中小企業庁のホームページに掲載されている「中小企業向け支援策ガイドブック」などを、参照してください。さらに、民間の金融機関や各共済でも被災した事業者向けの融資を用意している場合があります。資金繰りに困ったら諦めずに相談してください。
自然災害が発生した場合、従業員の安否確認など至急対応すべき事項が多く、すぐには賃貸借関連にまで手が回らないかもしれません。ただ、前述の通り、何が「使用収益ができなくなった場合」に当たるのかなど判断が難しい事柄があるので、必要に応じて行政や弁護士などの専門家に相談して的確に対応しましょう。
執筆=近藤 亮
近藤綜合法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属) 平成27年弁護士登録。主な著作として、『会社法実務Q&A』(ぎょうせい、共著)、『少数株主権等の理論と実務』(勁草書房:2019、共著)、『民事執行法及びハーグ条約実施法等改正のポイントと実務への影響』(日本加除出版:2020、共著)などがある。
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