弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話(第17回) 「ひな形」の契約書を使い続ける企業は成長できない

法・制度対応

公開日:2015.11.02

 適切な契約書を作成することは紛争リスクを下げるだけでなく、ビジネスの効率化にもつながります。企業の成長に役立つ契約書の活用方法を紹介します。

 複雑化、グローバル化するビジネスにおいて、「契約書」の重要性は高まっています。しかし、重要な取引であるにもかかわらず契約書が作成されていない例もまだまだあるようです。

 そこで今回は、契約書を作成することがどれだけ重要なのかを再確認し、ビジネスにおけるより積極的な活用方法を紹介します。

何のために契約書を作るのか

 そもそも契約書は何のために作成するのでしょうか。実は契約書を作成しなくてもほとんどの契約が法律上有効に成立します。つまり、法律上は口頭のやりとりだけでも十分なのです。にもかかわらず、契約書が重要だといわれるのは次の2つの意味があるからです。

 【1】後日の紛争に備えた証拠化
 【2】認識の共有による紛争予防

 まず1つ目の「証拠化」の意味について考えてみましょう。紛争となった場合、相手方に要求したい内容を強制的に実現するには裁判しかありません。裁判で認められるためには、自社の要求したい内容について、契約当事者間で「合意」があったことを立証しないといけません。

 しかし、契約書がない場合、「合意」があったとの立証は非常に困難になります。そのため、相手方に要求したい内容を後日裁判で確実に実現するために契約書は重要なのです。

 2つ目の「認識の共有」について考えてみましょう。紛争はビジネスの内容に対する認識の違いから起こります。例えば代金はいつの時点から発生するのか、契約解消後、競業する取引先との取引に制限はあるのかなどです。

 当該ビジネスにおいて、相手方に求めたい内容が契約書に記載されていると、契約当事者は相手方に期待する内容を事前に確認することができます。また、例えば損害賠償額を一定の金額とする定めがあれば、裁判をするまでもなく、契約書に従い紛争を迅速に解決することも考えられます。

 このように、契約書を事前に作成していれば、契約書記載の内容については認識を共有できるため、「私は~だと思っていた」という誤解による紛争を減らすことができます。このような紛争予防としても契約書は重要です。

契約書の作成は、業務を効率化する鍵

 契約書が重要な理由としては基本的には上記の通りですが、これ以外にも効果があります。

 契約書の作成は、企業を成長させることにもつながります。というのも、契約書の作成によって、リスクを顕在化させ、ビジネスの業務効率を上げることができるからです。

 契約書を作成する場合、どの時点であれば相手方に代金の支払いをしてもよいか、どんな場合には契約を解除したいか、どんな場合に損害賠償を請求したいかなどさまざまな事項について、法律家と意見交換をすることになります。この際に、「実は現在のやり方だといつの時点で契約が成立したか不明確で代金を請求できない可能性があった」「解除をされた場合、機密情報を破棄させることができなかった」などのリスクが顕在化します。

 このリスクを潰すことで、企業は成長できます。例えば、“現在行っているビジネスは、リスクが大きい割に1件ごとの収益が低い”といった分析が可能となり、業務のあり方を変える契機にもなります。

「ひな形」の契約書の足りないところ

 このようにビジネスに大きく貢献してくれる契約書ですが、気を付けたいのが、市販の契約書のひな形は多用しないほうが良い、という点です。

 確かにフォーマットの決まった契約であれば、ひな形をそのまま利用しても問題はないかもしれません。ひな形の利用は業務効率を上げ、有用です。

 しかし、ひな形は、より多くの人が利用しやすいように、その取引における最大公約数のみを記載しているものがほとんどです。また、例えば売買契約書であれば、売主と買主のどちらでも利用できるように作成されています。それは何を意味するかというと、紛争があった場合、自社に有利に解決できないということです。

 また、特殊性があるビジネスでは、ビジネスの内容を反映できておらず、証拠化、認識の共有化において十分に役立たないということもあります。

 そのため、“どんな場合もひな形で大丈夫”という考えは危険です。さらに、前述のように法律家と意見交換をしないのでビジネスのリスクを顕在化する機会もなく、リスク管理が不十分である可能性があります。これは企業が成長する機会を逃しているともいえます。特に知的財産分野におけるリスク管理は、下手をすれば契約書の不備により市場からの撤退を余儀なくされるかもしれません。

契約書は「いざというときのためのもの」ではない!

 これまで契約書は「いざというときのためのもの」と考えられていたように思います。しかし、前述したように、実は契約書を作成するということにより、リスク管理の質を上げるだけではなく、取引の質自体を上げることができます。つまり、契約書作成を通じて、ビジネス相手をこれまで以上にコントロールできるのです。

 そのため、契約書は進んで作成すべきです。契約書の作成は交渉の主導権をとることにもつながります。いざというときに少しでも有利に紛争を解決できるように契約書を作るのです。契約書がない場合に被る損失としては、そのビジネスから生じる代金等だけではなく、裁判費用、裁判に対応する時間も含みます。特に中小企業では、代表者が訴訟に対応せざるを得ない場合も多く、代表者が本来の業務に専念できないこと自体が多大な損失です。質の高い契約書を作成することによって、このリスクを減らせるのです。

 また、契約書を作成する際は、ビジネスの実態を反映させるだけでなく、代金の支払い時期、解除の条件や損害賠償の発生する理由、賠償額の定額化、裁判管轄などを記載することにより、相手方とのビジネスのあり方やリスクをコントロールできます。

 もしかすると、交渉相手の交渉力が高く、契約内容を変更できない場合もあるかもしれません。ですがそんなときでも、契約期間を短く設定したり、契約条件の見直し条項を入れたりということを最後まで交渉してみましょう。

 ひな形の契約書を使っている企業も多いと思われますが、もしそれだけでは不安なシーンに遭遇したら、契約書のあり方を見直してはいかがでしょうか。

執筆=本間 由也

1982年生まれ。2004年明治学院大学法学部法律学科卒業、2007年明治学院大学法科大学院法務職研究科法務専攻卒業。翌2008年に司法試験合格。紀尾井町法律事務所での勤務を経て、2011年1月法テラス西郷法律事務所初代所長に就任。2014年2月こだまや法律事務所を東京都国分寺市に開所、現在に至る。

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