戦国武将に学ぶ経営のヒント(第79回) 名言から学ぶ戦国武将のベテラン論

歴史・名言

公開日:2021.12.15

 多くの戦国武将は十代で初陣を飾り、若武者として名をはせます。しかしそんな彼らも戦を重ねるうちに年を取り、軍や家を率いる存在となり、やがて家督を譲る年代になります。同じように私たちも十代、二十代で社会に出ますが、仕事に打ち込むうちに年を取り、マネジメントを行うようになり、やがて若手にポジションを譲ることになります。

 戦国武将は、年を重ねることをどのように考えていたのでしょうか。彼らが残した名言から見てみることにしましょう。

 独眼竜政宗の異名を取り、初代仙台藩藩主となった伊達政宗に次のような言葉があります。「若者は勇猛に頼り、壮年は相手の強弱を測って戦う」

 ある戦で敵方の武将を見ていた政宗は、1人は20歳くらい、もう1人は30過ぎであろうと年齢を推測しました。捕らえて確認すると、1人は21歳、もう1人は35歳で政宗の言う通り。分かった理由を聞くと、「1人は相手を選ばず勇猛に戦っていたが、それは若いからである。もう1人は相手の強弱を見て進退の度合いを決めていたが、それは思慮のある壮年だからだ」と答えたといいます。

 私たちも、若いうちはどうしても勢いに頼る傾向があります。例えば営業先で、あるいはビジネスパートナーと話をするとき、若い頃は自分が話したいこと、伝えたいことを一生懸命に話そうとする傾向がないでしょうか。

 もちろん、相手に熱意を持って伝えようとすることは大切です。しかし、ともすると相手の状況を考えず、一方通行のコミュニケーションになってしまう可能性があります。熱意で押し切れる場合は問題ありませんが、それが通じないとすれ違いになりかねません。

 しかし、ある程度の経験を重ねると、相手の出方や反応によって話し方を変えることができるようになります。勢いで押し切ることなく、相手の反応が鈍い場合は別の手を繰り出す、先を見越して布石を打つ、いったん引き下がる、というように「相手の強弱を見て進退の度合いを決め」ることができるようになるのです。

 仙台藩士だった支倉常長は、軍事同盟交渉でエスパーニャを訪れたとき、国王・フェリペ3世に対して、「政宗は勢力あり。また勇武にして、諸人が皆、皇帝となるべしと認める人なり」と言っています。そうした器量は、政宗の人間を見る目の確かさからくるものなのでしょう。

信玄が示唆する、年齢やキャリアによって変えるべきスタンスとは

 最強とうたわれた武田軍を率いた「甲斐の虎」武田信玄も、年を取ることに関して含蓄のある言葉を残しています。それは「戦いは40歳以前は勝つように、40歳からは負けないようにすることだ」という言葉です。

 若いうちは勢いがあり、もし負けたとしても失うものも多くありません。ですから、勝つことに集中できます。しかし、40歳を越えるくらいになると、勢いは衰えてきます。また、家族、家臣など守るべきものも増えてきます。そこで、負けないことが大切になってくるのです。

 現代の会社でも、若い間は守るべきものが比較的少ないですし、ある程度の失敗は許容される部分もあります。成功や利益に集中できる状況です。しかし、三十代後半、四十代となると、守るべき人や地位ができ、それだけでは済まなくなります。大きな失敗やマイナスを出さないことが重要になってきます。

 戦国武将の戦績は数え方によって違いが出てきますが、信玄は生涯で72の戦に臨み、負けたのは3回だけだったといわれています。圧倒的な強さです。ここで目を引くのは、引き分けた戦が20もあること。これこそが、「負けない」ことの意味を知っていた証しかもしれません。

 信玄は、年を取ることを決してネガティブには捉えていませんでした。信玄には「老人には経験という宝物がある」という言葉もあります。人は老いると、身体面ではどうしても衰えが出てきます。しかし、経験という何事にも代えがたいものを若者たちよりも持っているということです。

 年を取るということは、さまざまな経験をするということでもあります。しかし、年を取れば自動的に何でも分かるようになるということではありません。足利義昭から徳川家康まで、時々の最高権力者に仕えた細川忠興は、「齢八十にして、親父の云うことようやく心得たり」という言葉を残しています。

 忠興の父・細川幽斎は、室町幕府13代将軍・足利義輝から家康まで仕えた人物。忠興は83歳まで生きた長寿の武将ですが、父・幽斎の言っていることは80歳になってようやく分かるようになったというのです。

 人は年を取り、さらにはポジションも上がってくると、つい自分は何でも知っているかのように振る舞ってしまうことがあります。しかし、忠興が60歳、70歳では父の言葉を本当の意味では理解できなかったように、ただ年を取るだけでは分からないことはたくさんあります。

 年を取れば何でも自動的に分かるようになるわけではなく、人は自分で気付かなければ気付かないまま時間だけが過ぎてしまう。その怖さを、忠興の言葉は示しているのかもしれません。

 人間である限り、年齢を重ねることは避けられません。年を取るというのはどういうことなのか、ベテランになるということはどういうことなのか。戦国武将の言葉は、このことを考える上でさまざまなヒントを与えてくれるように思われます。

【T】

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