ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
さまざまな領域でAIが導入されるようになった現代でも、人材は組織の要。人材は組織の命運を左右する重要な存在であるといっても過言ではないでしょう。マネジメントに関わるビジネスパーソンなら、人材に対して一家言を持っているのではないでしょうか。本連載では前回から戦国武将の名言を紹介していますが、今回のテーマは人材。多くの家臣を束ねた戦国武将が人材について語った言葉を見ていきます。
戦国最強とうたわれる騎馬軍団を率いた武田信玄は、「人は城、人は石垣、人は堀」と言っています。江戸時代には象徴的な意味合いが強くなった城ですが、戦国時代の城は敵から身を守るものでした。城も石垣も堀も、敵の襲来を跳ねのけるという役割を強く持っていたのです。
しかし信玄は、城や石垣などではなく、人材こそ家を守ってくれるものだと言っています。これを現代に照らし合わせると、組織を守るのはハードではなくソフトだということになるでしょう。
池田輝政は織田信長、豊臣秀吉に仕え、江戸時代には播磨姫路藩主を務めた武将です。輝政は、次のように述べています。
「今の世の中は静かであるが、いつどのようなことが起こらぬとも限らない。そのときのために、今以上に欲しいものは有能な武士である。無益の出費を省き、人を多く抱えることが世の楽しみなのだ」
コスト削減が叫ばれる現在、人を多く抱えるのは現実的ではないかもしれません。しかし、無駄なコストを省いて人を雇えば将来の備えになるというのは、組織における人材の考え方として一聴に値するように思われます。
信玄や輝政のほかにも、多くの戦国武将が人材の重要性を認めていました。しかし、どんな人材でもいいというわけではありません。
豊臣秀吉に仕えて賤ヶ岳七本槍の1人となり、のちに伊予松山藩主、陸奥会津藩主を務めた加藤嘉明は、「人におもねり機嫌を取る人間は、一時は抜群の勇気を奮うが、信用ならぬ」と警告を発しています。現代の企業でも上司のご機嫌伺いばかりしている部下がいますが、嘉明はこうした人間は信用ならないと一刀両断しています。
この言葉にはさらに続きがあります。
「へつらって上の者に可愛がられ、高禄を得て、後ろ指をさされることぐらい、本人もよく分かっている。分かっていて自らを欺くのは、恥を顧みない者である。恥を顧みない者は主人を殺してでも、自分を利することをやる」
上の者にこびへつらい高給を取るような人間は恥を知らない利己的な人間で、自分の利益のためなら主人も殺すというのが、嘉明の人材に関する洞察です。
また、徳川家康の側近で徳川四天王の1人として名をはせた本多忠勝は、次のように語っています。「思慮のある者も、思慮のない者も功名を立てる。思慮のある者は兵を指揮して大きな功名を立てる。だが、思慮のない者は槍一本の功名であって、大きなことはできぬ」。
現代のビジネスに即して言うなら、考えの深い人も浅い人も成果は上げられるが、考えの深い人は上に立って大きな仕事ができる一方、考えの浅い人は小さな仕事しかできない、ということです。これはリーダー論にも通じるでしょう。
毛利元就の三男で安芸(現・広島県)の小早川家を継いだ小早川隆景は「すぐ分かりましたという人間に、分かった試しはない」と指摘していますが、これにはうなずかれる方も多いのではないでしょうか。
企業には、似たような性質を持つ人間が集まる傾向があります。採用時にフィルターがかかるのもその一因ですし、一緒に活動を続けるうちに価値観が似てくるという側面もあります。しかし、行き過ぎると異なる視点からの見方や、イノベーティブな発想が生まれにくくなる危険性もあります。
織田信長には強圧的なリーダーというイメージがあります。信長は確かに敵対する者には容赦なく接しましたが、同じような人間ばかり集まる点には疑問を持ち、「いつの時代も変わり者が世の中を変える。異端者を受け入れる器量が武将には必要である」と述べました。
また、武田信玄は「百人のうち九十九人に誉められるは、善き者にあらず」との言葉を残しています。この言葉からは、本当に組織の役に立つのは誰もが褒める人間ではなく、一種の異端者であるという見識がうかがわれます。
人材について戦国武将たちが語った言葉を見てきました。彼らの言葉からは、多くの人間と接し、幾多の経験をする中で育んだ人間観を見ることができます。
しかし、人間という存在は単純ではなく、自分自身についてさえ完全に理解しているとはいえないほどです。大坂の陣で徳川家康を追い詰めた猛将・真田幸村は「部下ほど難しい存在はない」と言っています。一生をかけて人間観を育てていくのが、リーダーの仕事の1つなのかもしれません。
【T】
戦国武将に学ぶ経営のヒント