ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
みんな電力 代表取締役 大石 英司氏
誰がどういう電源で発電したかが分かる「顔の見える電力」のサービスを展開するみんな電力。代表取締役の大石英司氏は、世界的に注目を集めるシェアリングビジネスと同じく、電力小売りも個と個のつながりが重要になると読む。
(写真/佐藤 久)
──2016年4月の電力小売り全面自由化で、再生可能エネルギーを主体とする新電力として参入し半年以上がたちました。経過をどう見ていますか。
大石:自由化前は「価格」だけが主戦場になるといわれていました。しかし、実際に蓋を開けてみると、一般にいわれているよりも、価格で選ぶ人はむしろ少なくて、再エネで発電しているのかといった電源に対して関心が高い人が多いというのがぼくの実感です。
──意外ですね。電力自由化に関するさまざまな調査で、消費者が新電力を選ぶ基準として電気料金がどれだけ安くなるかが最も大きな理由になっているという結果が出ています。
大石:まだニーズが顕在化していないのだと思います。電源を選んで電気を使いたいと考えて実際にそうしている人は、3%ぐらいではないでしょうか。逆に価格で選ぶ人は15%ぐらい。それから20数%は、電源に関心があるのだけれど価格も重視しているという、いわば両方を求めている人たちです。
残りの60%ぐらいは無関心な人だとみています。この人たちは一見無関心なのですが、例えば東日本大震災を経験して、福島のように遠いところから東京まで延々と電気が運ばれていたのだと気付き、電力供給のあり方に問題意識を持っている人もいます。ただ、実際にどう行動すべきかよく分からなくて様子見をしているのだと思います。現在は300社以上の新電力が一気に参入して、消費者にとって訳が分かならない状況が続いています。1年間ぐらいすると落ち着いてくるのではないかと予想しています。
──その時にニーズが顕在化して、無関心な人が再エネを選ぶようになりますか。
大石:やり方次第では、十分にあり得ると思いますよ。
──どのような方法がありますか。
大石:みんな電力の1つの特徴は誰が発電しているのかが分かる「顔が見える電力」です。
──みんな電力のウェブサイトには、農産物の生産者表示と同じように、みんな電力に登録している発電所の写真がずらりと並んでいて、どのような発電所なのか、オーナーはどのような人なのかといった解説がそれぞれに付いています。電気の購入者はその中から毎月、発電所を選べる仕組みになっています。中には、契約した人に農産物を提供するなどの特典付きの発電所もありますね。
大石:現在は、東京・八王子産の太陽光発電などといった地域性の豊かな発電所が多いですが、今後はミュージシャンやアイドル、スポーツブランドの発電所を登録するなど、切り口を変えて顔の見える電力のラインアップをどんどん増やし、無関心な人たちに関心を持ってもらうようにしようと思っています。
ジョシエネLABOから再エネの情報を発信する
例えばミュージシャンがファンに対して「俺の電気を買ってくれ」と言ったら、再エネかどうかには関係なく、そのミュージシャンの電気なら買いたいと思うでしょう。「私いま、あの人の電気で暮らしている」というように、楽しみながら電気を使えます。電気には無関心でも、音楽やアイドルなどに関心がある人はいます。まず、電気以外のところで接点をつくれば、それがきっかけになって最終的には電気に関心を持つ人が増えるのではないでしょうか。
──もう具体的に動き出しているのですか。
アディダスジャパンが命名権を購入した「アディダス発電所」がアートイベントに電力を提供
大石:例えば2016年11月22日から約1カ月間、再エネ発電事業者のエコロジア(東京都品川区)が千葉県木更津市で運営している太陽光発電所のネーミングライツ(命名権)をアディダスが買い取り、「アディダス発電所」として顔の見える電力に登録しています。さらに、この電気を東京都杉並区のギャラリーで開催されるアートイベントに供給するといった取り組みをしています。発電所のネーミングライツの売買は、恐らく世界で初めてだと思います。
他にも、顔の見える電力として登録する時期は未定ですが、あるミュージシャンが発電した電気を既に仕入れています。
──顔が見えるということを電気の付加価値にするなら、切り口はさまざまあるということですね。
大石:ぼくがすごく感じているのは、価格で切り替えた人たちは、もっと安い小売事業者が出てくればまた価格で切り替わるということです。激安でお客さんを一時的に獲得しても、オセロゲームのように取り返されてしまうでしょう。先ほど説明した15%の人たちを300社で取り合うようなものです。果てしない価格競争になっていきます。ベンチャー企業がそこに足を踏み入れても勝算はありません。
ぼくたちのビジネスは、単に再エネの電気を供給しているというよりも、生産者と消費者を顔の見える関係でつなぐ仕組みを提供することです。「個対個」の電力ビジネスを実現しようとしているところが、他社とは最も違います。
──個対個ですか。
大石:はい。例えばメディアもSNSのような個対個の世界が広がってきていますし、大きなトレンドではないでしょうか。
──確かに、ライドシェアや民泊のようなシェアリングビジネスでも、個対個の取引が広がっています。
大石:エネルギーの世界でも、(ライドシェアの)米Uber(ウーバー)や(民泊の)米Airbnb(エアビーアンドビー)のような個対個を結びつけるビジネスのモデルケースをつくりたいですね。個対個のつながりができれば、そこに新しい価値が生まれると思います。
──個対個で電気を取引できるシステムは社内でつくっているのですか。
大石:オリジナルです。クラウドシステムを利用して電気を流通させる「enection(エネクション)」というシステムを米セールスフォース・ドットコムと一緒につくりました。一部の他の新電力にも販売しています。少人数・低コストでオペレーションができるのと、「N(複数の個)対N(複数の個)」の取引を実現できるという特徴を持っています。小さな発電所でも登録できて、誰でも売れるという思想でつくられた取引のプラットフォームは、他にはありません。
──価格以外の付加価値で電気を売るという発想が生まれたきっかけは何だったのですか。
大石:携帯電話のバッテリーが切れていたときに、たまたま地下鉄の車内で見かけた女性が携帯型のソーラー充電器をかばんにぶら下げていたのを見て、「この女性の電気が欲しい」と思ったのがきっかけです。誰でも発電でき、売る仕組みさえあれば、誰でも売れることに気付きました。
──2011年に起業してから、エネルギーへの意識が高い女性たちを巻き込んで「エネギャルイベント」を仕掛けたり、携帯型の太陽光発電シート「soramaki(そらまき)」を発売したりと、独自の発想でさまざまな事業を展開してきました。現在の事業の中心は何ですか。
みんな電力はさまざまな事業を手がける。携帯型の太陽光発電シート「soramaki」を発売
大石:2016年9月期の売上高は約20億円で、太陽光発電やバイオマス発電などの電源開発事業が売り上げの中心です。この他、先ほど説明した顔の見える電力のような電力小売事業があります。次の2017年度9月期は、電力自由化に伴って電力小売事業が大きく伸びると見込んでいます。それ以外にはsoramakiなどのパーソナル発電事業があり、次世代エネルギーの開発も名古屋の研究センターで進めています。「ベランダソーラー」や「無線送電」「発電するカーボン」といったテーマで大学などの研究機関と共同研究をしています。
──電気の取引の将来増をどのようにイメージしていますか。
大石:例えば、さまざまな人が発電した電気をある企業にまとめて供給します。自分たちの電気で出来上がった商品やサービスには、愛着が湧くはずです。応援するためにみんなで買おうといった具合に、電気を通して人と人、人と企業のつながりが生まれてくると思うのです。企業にとってはこんな将来もあるのではないかというイメージを持っています。
──その時にみんな電力はどうなっていますか。
大石:「プラットフォーマー」と言うとおこがましいですが、何万、何十万という発電所と何万、何十万という人がぼくたちを通じて電気のやり取りをする。そんなプラットフォームを提供することが目標です。
現在、巨大な自転車発電所「みんな電池」を製作中だ
日経エコロジー /編集長 田中太郎
※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年1月)のものです。
執筆=大石 英司(おおいし・えいじ)
1969年大阪府出身。明治学院大学経済学部を卒業後、広告制作会社・PCソフト開発会社を経て凸版印刷へ。 2011年にみんな電力を設立。電力小売り全面自由化に合わせて小売事業に参入し、 電気を使う人がウェブサイトを通して発電する人を選べる「顔の見える電力」を展開している。
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