ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
オリンピックの開催を間近に控え、東京はそわそわと浮き足だっているようだった――。この描写の舞台は、半世紀以上前の日本である。今以上の盛り上がりを見せていた。
1964年10月1日、東京と新大阪を結ぶ夢の超特急が開通。その10日後には待ちに待った第18回夏季オリンピックが開幕した。第二次大戦の敗戦から復興したことを世界に示したいという国民の思いが三波春夫の歌う東京五輪音頭に乗って日本中に広がっていった。
そうした晴れやかなムードとは一線を画すように、大阪郊外、貝塚市にあるニチボー貝塚(現:ユニチカ)の体育館では、女子バレーボール日本代表チームが練習に没頭していた。日本代表選手の大半が、当時、実業団チームの強豪だったニチボー貝塚に所属していたからだ。
率いるのは大松博文監督。すでに大松監督とチームは1961年のヨーロッパ遠征で22連勝という快挙を成し遂げ、翌62年の世界選手権では宿敵であったソ連(現ロシア)を破り、悲願の優勝を果たしている。
それらの試合で大きな武器となったのが“回転レシーブ”だった。高い身長を生かした欧米チームの攻撃力に対抗するために、守備に力を入れるべきだと大松監督が考案したプレーである。遠くのボールに食らいつき、レシーブすると、回転してすぐさま次のプレーに備える。まるで柔道の受け身のようにコート上を動く選手たちは“東洋の魔女”と呼ばれた。同時に、スパルタ式の練習で選手を育てる大松監督の“鬼の大松”という異名も広く知られるようになっていく。
1年365日、休みなく練習は続けられた。この回転レシーブ習得のために、1日8時間を費やす日もあった。
“レシーブ練習のために大松が打ち込む打数は3000球をゆうに超える。痛みに顔をしかめると、大松の怒声が飛ぶ。「痛かったら、痛くないようにやれっ!」”
“たとえ倒れた選手がいても、練習が終わることはない。「休んでないで、はよう立て!俺のことが憎いか。鬼なら鬼と呼べばいい」”(スポーツ感動物語 先駆者たちの道のり「東洋の魔女 世界一の練習でつかんだ金メダル」田中夕子著より)
選手たちは、膝、肘、背中、肩など転んで床に触れる部分にはどこも青あざができたという。現在では、とても許されない指導法だろう。スポーツ界でも、ビジネスの世界であっても。しかし、それでも選手たちは監督に付いていった。この指導法の中にも、現在でも、参考にできる点はあるのではないだろうか。
勝利という目標を共有する。これはスポーツでは非常に分かりやすいモチベーションの上げ方だ。大松監督はさらに「ソ連が10の練習をするなら、お前らは15、17の練習をせい!」と、具体的にライバルを明示して選手たちを叱咤(しった)したという。そうした具体的な目標やライバルを掲げ、共有して、進んでいくことの重要性はビジネスの現場でも広く認識されているところだ。
加えて大松監督は、共通の目標に向けてスタッフとチームが一丸となって頑張っているのだということを実感する大切さを体現してみせた。魔女たちは鬼が放つ3000球のレシーブを受けながら、汗も拭かずに打ち込みを続けるその姿を見て、厳しい練習は誰のためでもなく、ただ選手の成長を願ってのものだと感じたはずだ。マネジメント層と現場の一体感は強い組織の特徴といえる。
そして鬼監督大松は、練習以外では普通のおじさんの顔を見せたという。選手をニックネームで呼び、毎月、チーム全員を引き連れて映画鑑賞に出掛けた。練習以外のそうした時間に監督と選手たちの絆は深められていった。インフォーマルな関係の重要性は、多くの組織論で語られている。
目標を共有し、それに向けて全員で汗を流していることを1人ひとりが実感し、その上リーダーとメンバーが深い絆で結ばれている。ビジネスシーンでも、そのような組織をつくれば大きな成功を収めることができるだろう。女子バレーボール日本代表チームは、日本国民が固唾を飲んで見守る中でそれを実証してみせた。
10月23日、東京の駒沢屋内球技場で行われた東京五輪の女子バレーボール決勝戦で、東洋の魔女たちはセットカウント3対0でソ連を下し、見事金メダルに輝いた。テレビの視聴率は日本のスポーツ中継史上最高の66.8%を記録。日本中が沸いた歓喜のシーンを覚えている方もおられるかもしれない。
その翌年の2月9日、日本代表チームの解散式がしめやかに行われた。その場で大松監督はこのように述べたという。“今日がワシとお前たちの最後の日や。バレーを離れたら女としての幸せをつかんでほしい”(同著より)。鬼の顔に隠していた優しい父が語ったような言葉が、もう1つ、人を指導する際に大切なことを教えてくれているようだ。厳しさの裏に相手を思う温かい気持ちがあれば、それは相手に伝わるのだろうということを。
執筆=藤本 信治(オフィス・グレン)
ライター。
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