ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
その瞬間、見逃した、と感じた人も多いかもしれない。
2011年7月17日、FIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会の決勝戦でサッカー日本女子代表「なでしこジャパン」は、強豪米国を相手に戦っていた。互いに譲らず1対1のまま延長戦に入るが、延長戦前半で米国に得点を許す。そして1点ビハインドで迎えた延長戦後半の12分、スタジアムに敗色が濃厚に漂い始める中、唐突にその瞬間は訪れた。
コーナーから宮間あや選手が蹴ったボールに、まるで風のようにゴール前に走り出た澤穂希選手が伸ばした右足を合わすと、ボールは米国選手に当たり、ゴールへと吸い込まれた。一体、何が起こったのか?目を見開いていても正確には理解できないほどのスピーディーな出来事だった。
米プロリーグでサッカーをしていた1990年代末、体力に勝る米国人選手に対抗するため、出足の鋭さや俊敏性を磨き、「クイック・サワ」の異名をとっていた彼女ならではのプレーだったといえるだろう。この同点弾により、ゲームはPK戦に持ち込まれ、結果、「なでしこジャパン」は日本サッカー史上初のW杯優勝を成し遂げた。
2015年、ユニホームを脱いだ澤氏には、その長いキャリアの中で忘れられないゴールが他にも数多くあるに違いない。澤氏がその1つに挙げるのは、人生初のゴールだ。彼女の自伝『ほまれ (澤穂希著)』によると、その初ゴールは、わずか6歳の時、彼女にとって初のキックがもたらした結果だというから驚かされる。
「サッカーの女神が存在するのであれば、彼女が私をサッカーへ導いてくれた瞬間だった。このひと蹴りがサッカーを始めたきっかけだ」(同著より)。その日、澤氏は母と2人で兄が参加するサッカークラブの練習を見学に行っていたという。その姿を見たクラブの指導者が「妹さんも蹴ってみない?」と声をかけた。その一言が、澤氏の進路を決定付けたのである。
その後、本格的にサッカーを始め、小学2年生の時に地元のサッカークラブへの入団を希望するものの、当時クラブに女子は1人もいないことから入団を渋られた。そこで彼女の母親が熱心に関係者に働きかけ、仮入団という形でクラブへの参加を実現させる。
その仮入団の立場のまま地元の小学生サッカー大会の見学に行った際、試合途中にクラブのコーチから「試合、出てみないか」と突然言われ、ユニホームを借りて途中出場したのである。そのゲームで、後半に彼女がゴールを決め、チームに勝利をもたらしたという逸話も残っている。
こうしたエピソードを読むと、1人のアスリートが成功した陰には、その力を認め、助言し、機会を与えた多くのサポーター、本来の意味における支援者たちの存在が不可欠であることを改めて気付かされる。
それはビジネスの世界でも同じだ。その人材に、仕事に対する情熱や未知数の可能性を認めたら、それがたとえ異例な抜てきであっても、責任の大きなプロジェクトへの参加を後押しすることができる。もしかしたらポストを任せることも可能だ。人材を評価し、そうした人事を決断するのもマネージャーや経営トップの仕事の醍醐味だろう。
澤氏の親はもちろん、彼女のサッカー人生を後押しした指導者やコーチはW杯のゴールを見て、どれほどうれしかったことだろう。ビジネスの世界は、その同じ喜びを、もっと多くの場面で感じることができる可能性にあふれている。
執筆=藤本 信治(オフィス・グレン)
ライター。
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アスリートに学ぶビジネス成功への軌跡