アスリートに学ぶビジネス成功への軌跡(第30回) オートレーサー森且行が咲かせた美しい大輪の花

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公開日:2020.12.24

 2020年11月3日、川口レース場(埼玉県)で第52回SG日本選手権オートレースが開催された。

 16時50分の発走時間を前にスタートラインに並ぶ8人の選手の姿がコースを照らす照明の中に浮かび上がっている。競争車にまたがりスタートを待つ選手たちの上半身は、アメリカンフットボールの選手のようにたくましく見える。アウト側から2台目、7番のゼッケンを着けた森且行選手のオレンジ色のレーシングウエアも、ブレーキのないマシンを駆り、硬い舗装路を最大時速150㎞で疾走する過酷なレースを象徴するように、防具のために盛り上がっていた。

 SG日本選手権オートレースは、1965年から開催されているオートレース界で最も歴史のあるトップタイトルレースだ。このレースの優勝者は文字通り日本一のレーサーとされ、全レーサーが生涯に一度は獲得したいと願うオートレース界で最高のタイトルである。

 このレースは、1周500mの楕円形のコースを10周する。スタートの合図を告げる時計の秒針が真上をさし、爆音を響かせながら8台のマシンがスタートを切った。スタートダッシュを決めた森選手は、序盤を2位で周回するが、後続の選手にインから抜かれ、3位に落ちる。しかし数周後、1位と2位の選手が接触し、まさかの2台ともリタイアに。森選手は残り4周でトップに躍り出た。その後、2位の選手に猛追されるがトップを譲ることなく、1位でゴールを切り、そして栄えあるオートレース日本一の座に輝いたのだ。

 ヘルメットを脱ぎ、優勝インタビューにのぞんだ森選手の印象は頻繁にテレビに出演していた頃と変わらない。インタビュアーに「今の気持ちは?」と聞かれた森選手の「やっと約束が守れてよかったと思います」という言葉。涙声になり、大きな瞳は涙で潤んだ。約束をした相手は元SMAPのメンバーたちだ。5人のメンバーに「オートレースの世界で日本一になる」と約束し、国民的人気アイドルSMAPを脱退してから24年の歳月が流れ、森選手は46歳になっていた。

SMAPの一員からオートレースの世界へ

 1996年5月、森選手は8年間在籍したSMAPを脱退し、ジャニーズ事務所も退所し、オートレーサーに転身した。すでに人気アイドルだったSMAPだが、その人気がさらに国民的アイドルへと昇ろうとしているタイミングだった。なぜトップアイドルの座を捨てて、未知の世界で一から始めようとしたのか。

 その理由を森選手は引退発表の記者会見で次のように話している。

「オート選手は自分の夢だった。SMAPを辞めることは自分のわがままかもしれないが、あきらめられない。やるからにはオートの世界で一番をめざしたい」
(『爆音に焦がれて 森且行の挑戦』 大泉実成著)

 森選手は、バイク好きのお父さんに連れられて小学校の低学年からオートレース場に連れて行かれていたという。小学校3年にもなると、少年はオートレーサーになるのが夢だと自覚するようになった。

 芸能活動を続けながらも、その夢が忘れられなかった森選手は、ある時、オートレーサーの訓練学校が募集をしていること、その年齢制限が23歳であることを知る。『自分にとっては最後のチャンスだった。「これはもう行くしかない」と思った』(同著)。

 そして応募し、見事に合格したSMAPのメンバーは、髪を3分刈りにし、オートレース選手養成所の25期生の森選手としてキャリアをスタートさせた。

仕事を愛するメンバーを長い目で見守る大切さ

 「私は、本当に好きな物事しか続けられないと確信している」。これは米・アップルの設立者の1人、スティーブ・ジョブス氏が遺(のこ)した言葉だ。この言葉をここでは、本当に好きなことなら続けられるのだ、という意味で受け止めたい。

 森選手は、養成所卒業後のデビュー戦を勝利で飾ったのを皮切りに、その後もキャリアの大半を成績優秀者上位48名に絞られるS級のレーサーとして活躍してきた。それでも悲願の日本一を達成するまでには20余年の歳月を要した。

 勝負の世界で生きているだけに年齢とともに体力や反射神経が衰えてきていることを実感する場面もあると想像する。しかし一方で、F1や二輪のロードレースとは異なり、マシンの操縦だけではなく、エンジンの調整やセッティングも自ら手掛けるというオートレーサーの特性を生かし、速いマシンをつくり上げるスキルを高めることで日本選手権優勝への道をコツコツと切り開いてきたのだと思う。

 一般のビジネス社会にも、地道な努力を続けているものの成果が出ていない人は少なくないだろう。その人材が仕事を気に入り、好きで頑張っているなら、きっと腐らず努力を続けてくれる。いずれ成果も現れるはずだ。もしそこに「約束」や「絆」が存在すれば、開花しやすいのかもしれない。さらに言えば、会社もしくは上司が、社員一人ひとりと密に言葉を交わし、思いを重ね合わせることで、たくさんの努力家を生み出すことができるかもしれない。

 SMAPは「NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」とうたっていた。そのひとつの花の種子が「NO.1をめざそう」と考えたときに、孤独な闘いが始まった。そして、長い時間がかかったけれど、大輪の美しい花が開花した。

 おめでとう、森選手!

執筆=藤本 信治(オフィス・グレン)

ライター。

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