ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
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煮物、鍋、みそ汁など、和風料理の味付けに「だし(出汁)」は欠かせません。しかし、かつお節や昆布などを煮てだしを取るのは手間がかかるもの。そこで活躍するのが、手軽にだしの風味を出すことができる和風だしの素です。和風だしの素の定番が、味の素の「ほんだし」。1970年に発売されて以来、日本の食卓に和の味を提供し続けているロングセラーです。
味の素の創業は、1909年。昆布だしの味の成分がグルタミン酸というアミノ酸の一種であることを発見した東京帝国大学理学部化学科の教授・池田菊苗博士の研究を元に、うま味調味料「味の素」を開発・発売したのが事業の始まりです。
調理の下ごしらえから仕上げまで幅広く使え、手軽に料理をおいしくする味の素は、広く日本の家庭で使われるようになりました。
そして1960年には調味塩の「アジシオ」、1962年には複合調味料の「ハイ・ミー」を発売。アメリカのケロッグ社との提携により「ケロッグコーンフレーク」を、ドイツのクノール社との提携により「クノールスープ」を世に出した後、新たな自社開発の製品として考えられたのが和風だしの調味料でした。
当時、日本は高度経済成長期の真っただ中。さまざまな業種で労働者が不足し、主婦がパートタイマーとしてその不足分を埋めるなど、女性が社会進出する機会が増えていました。それは同時に、当時の日本社会においてほとんどの家事を担っていた女性の家事にかけられる時間が短くなることを意味しています。
それまで、料理で使うだしは各家庭で取っていました。しかし、だしを取るには手間も時間もかかります。そこで、手軽に和風だしの味が出せる調味料の需要が生まれていました。
需要は見込まれるものの、和風だしの調味料はすでに他社がかつお節の粉末を使ったものを発売していました。だしの種類としてはかつおだしが汎用性は高いものの、新たな商品として出すには差別化が必要です。
差別化のためにこだわったのは、まず味でした。かつお節を作るには、水揚げされたかつおを煮た後、煙で燻(いぶ)して乾かす焙乾(ばいかん)という工程を経ます。焙乾することにより水分が飛んで硬くなり、かつおのうま味が凝縮されます。また、煙の香りが移って独特の風味が生まれます。味の素は、使用するかつおを厳選するのはもちろん、まきの種類、燻(いぶ)し方を研究し、風味高い独自のかつお節を作ることに成功しました。
そして、もう一つの差別化が顆粒にすることでした。先行する他社の和風だし調味料は、粉末タイプになっていました。しかし当時、粉末タイプのものは湿気を吸うと塊になり、風味が失われやすい傾向がありました。和風だし調味料は風味が命ですから、それが失われてしまっては意味がありません。そこで考えられたのが、顆粒タイプでした。顆粒は香りや味を保ちやすく、サラサラとして使いやすく、また水に溶けやすい性質があり、調味料に向いています。
しかし、基本的に細かく粉砕すれば作れる粉末とは異なり、顆粒状にするには特殊な技術が必要です。どうすれば顆粒タイプの調味料ができるのか――。そこで生きたのが、社内のネットワークでした。
味の素には医薬部門があり、顆粒状の医薬品を作る技術がありました。この技術を、調味料の製造に応用。粉末にしたかつお節にうま味調味料、食塩、砂糖などを加え、撹拌(かくはん)した上で顆粒状にする製造法を生み出しました。
こうして1970年、「ほんだし」が発売。パッケージにはかつおのイラストが大きく入り、かつおだしであることが一目で分かるようになっています。手軽に料理にかつおだしの風味を加えることができる「ほんだし」は、好評をもって迎えられます。そして女優の池内淳子を起用したテレビCMが始まると、「かつお風味のほんだし」のキャッチフレーズとともにその存在が広く知られるようになり、家庭で広く愛用されるようになりました。
また、当時は外食産業が伸長した時期に当たります。本格的なかつおだし味の「ほんだし」は業務用でも広く使われ、家庭でも、飲食店でも「ほんだし」の需要が伸びていきました。
現代では手間が省けることが価値になり、そうした点を主眼としたロングセラーが数多くあります。「ほんだし」も、かつお節を削り煮てだしを取るという手間を省くことができるもので、そうした商品の一つだといえるでしょう。
しかし、単に省力化、短時間化できるのとは異なる側面も「ほんだし」にはあります。私たちには、今までなかったまったく新しいものを求める気持ちとともに、伝統的に受け継がれているものを楽しみたいという面もあります。だしもすでに奈良時代には使われていたといわれており、長い歴史を有しています。
ただ、伝統的なものは手間や時間がかかるものが多く、現代の生活では受け継ぎにくくなっているのも確かです。そうした中、使いやすい顆粒タイプで伝統的なかつおだしを手軽に楽しめる「ほんだし」は、現代の生活に伝統的な味を手軽に受け継ぐことができるようにしたが故のロングセラーなのかもしれません。
執筆=山本 貴也
出版社勤務を経て、フリーランスの編集者・ライターとして活動。投資、ビジネス分野を中心に書籍・雑誌・WEBの編集・執筆を手掛け、「日経マネー」「ロイター.co.jp」などのコンテンツ制作に携わる。書籍はビジネス関連を中心に50冊以上を編集、執筆。
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ロングセラー商品に学ぶ、ビジネスの勘所