ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
東京・虎ノ門にあるホテルオークラ東京の本館建て替え工事が終わり、2019年9月、新しくThe Okura Tokyoがオープンしました。
ホテルオークラ東京本館が取り壊されるとの発表があったときは内外から惜しむ声が聞かれました。しかし、そうした声を払拭するように、海外にもファンの多かったホテルオークラ東京本館ロビーはThe Okura Tokyoでも忠実に再現され、見事に伝統が受け継がれました。1962年に開業した日本のラグジュアリーホテルのロングセラー「オークラ」は、名前も新たに新しい時代に向かってその第一歩を踏み出しました。
ホテルオークラ東京を造ったのは、大倉喜七郎。喜七郎の父は、大倉財閥の創始者・大倉喜八郎です。喜八郎は乾物店で事業を始めた人物ですが、のちに鉄砲商に転じ、明治新政府の兵器の調達を担って一大財閥を築きます。
喜八郎が海外視察で米国を訪問したときのこと。当時は日本でも西洋式ホテルができ始めていましたが、サンフランシスコのグランドホテルに滞在した喜八郎は、その内装の豪華さ、洗練されたサービスに衝撃を受けます。そして、海外の賓客を迎えるにふさわしいホテルをと、渋沢栄一らと共に開業したのが帝国ホテルでした。
喜七郎はイギリス留学を経て自動車輸入会社を設立するなど、父・喜八郎と同じように事業家としての腕を見せます。そして父から経営権を譲られ、帝国ホテルの会長に就任しました。ところが第二次世界大戦が終わると、喜七郎はGHQが進める財閥解体により、帝国ホテルの経営権を失ってしまいます。そこで、父が造った帝国ホテルに勝るホテルをと、構想を始めます。
喜八郎の帝国ホテルは、日本の迎賓館の役割を期待された西洋式の近代ホテルでした。それに対し、喜七郎は西洋式ホテルに日本の伝統美を大きく取り入れることを考えます。喜八郎は古美術品の収集家で、コレクションを展示する私設美術館「大倉集古館」を赤坂の自邸に設けるほどでしたが、喜七郎もそれに負けないほど芸術・文化に傾倒していました。
喜七郎は近代日本絵画の理解者で、イタリア・ローマで「日本美術展覧会」を開催するなど近代日本絵画を支援するパトロンの役割を果たしました。その絵画コレクションは、父が造った大倉集古館に加えられています。また、西洋音楽の音階が演奏できるよう尺八に改良を加えて「オークラウロ」という独自の楽器を発明するなど、広く芸術・文化に理解を示した人物でした。
新たなホテルの建築に当たり、喜七郎は日本を代表する建築家の一人である谷口吉郎をトップとする設計グループをつくりました。そして、彼らに厳島神社に残されている「平家納経」の模写を見せ、核とすべきイメージを伝えます。また、京都御所を見学させるなど、日本の伝統美を共有します。そうして1962年、赤坂の旧大倉家の敷地跡にできたのが、ホテルオークラ(のちのホテルオークラ東京)です。
外壁の「なまこ壁」は、城郭や古民家などで見られる古い意匠。ロビーにつるされた「切子玉形」の照明は、古墳時代の飾り玉をモチーフにしています。ロビーの壁には、ランの花紋をつづれ織りにした西陣織が使われました。また宴会場「平安の間」には西本願寺「三十六人家集」の料紙の文様が採用されるなど、至るところに日本の伝統的な意匠が使われています。
喜七郎の狙い通り、開業以降、ホテルオークラは和の様式とモダニズムが融合した名ホテルとして、国内外の賓客から広く愛されるようになりました。
日本の伝統美は国内で親しまれているだけでなく、海外からも高く評価されています。プロダクトに、日本の伝統美を取り入れようとしているケースも少なくないでしょう。しかし、ただ日本的な意匠を使うだけではロングセラーに成長するようなセールスポイントにはならないと思われます。
伝統美を取り入れるのは、決して容易なことではありません。ホテルオークラの意匠の元には「平家納経」の模写や西陣織などがありましたが、それらはもちろんホテルのために作られたものではありません。近代的なホテルに採用するには、精神を受け継ぎながらもホテルに適合したものにつくり替える、一種の翻訳作業が必要です。ホテルオークラの設計においても、「平家納経」の美をどのように取り入れるか、設計グループの中でかなりの葛藤があったと伝えられています。
また、喜七郎はロビーに太鼓橋を架けるアイデアを持っていましたが、設計グループは設計思想にそぐわないものとしてこれを却下。中2階を設けることでその代わりとしました。日本の美をホテルで表現するためには、喜七郎の提案でも採用されない厳しさがあったのです。
そして、ただ日本的な意匠を採用するだけではなく、日本の伝統美を支えるクオリティーの高さ、緻密さも受け継いでこそ、広く、長く人々に訴えかけるものになります。それを示し、内外の利用者から愛されたホテルオークラ東京本館。その精神を受け継いだThe Okura Tokyoも長く、利用者から愛される存在になってほしいと思います。
執筆=山本 貴也
出版社勤務を経て、フリーランスの編集者・ライターとして活動。投資、ビジネス分野を中心に書籍・雑誌・WEBの編集・執筆を手掛け、「日経マネー」「ロイター.co.jp」などのコンテンツ制作に携わる。書籍はビジネス関連を中心に50冊以上を編集、執筆。
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ロングセラー商品に学ぶ、ビジネスの勘所