ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
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常に時間との戦いを迫られているビジネスパーソンにとって、時計は重要なアイテム。正確さに定評があるセイコーの腕時計を愛用している人も少なくないのではないでしょうか。セイコーが世界初のクオーツ式腕時計「セイコークオーツアストロン 35SQ」を発売したのは、1969年。以降50年以上にわたり、同社のクオーツ式腕時計は日本だけでなく世界で愛されるロングセラーになっています。
今はセイコーに限らず多くの腕時計にクオーツ式が採用されていますが、クオーツ式以前は機械式の腕時計が主流でした。機械式腕時計は、歯車の組み合わせによって「てんぷ」と呼ばれる振動子が往復の回転運動を行い、この運動の規則性で時計が正確に動く仕組みになっています。
機械式腕時計の本場はスイスで、細かな部品の加工・組み立て技術に優れたスイスのメーカーが腕時計の先端を走っていました。ただ、精密なスイスの機械式腕時計でも日に数十秒という誤差が生じるケースがほとんどでした。
当時、てんぷの振動数は2.5ヘルツから5ヘルツほど(1ヘルツは1秒間の振動数)。振動数を上げれば時計の正確性は高まりますが、部品の摩耗が激しくなり、耐久性が失われます。そこで、世界の時計メーカーはクオーツ(水晶)を振動させるクオーツ式に注目するようになりました。クオーツの振動数は3万ヘルツを超え、月にわずか数十秒といった誤差にまで正確さを上げることができます。
クオーツ式時計はすでに1927年にはアメリカで実用化され、1930年代からはアメリカ標準時を表す時計として採用されていました。ただ、この頃のクオーツ式時計は大きさがたんすほどで、クオーツ式腕時計はまだ実現の可能性が見えていない状況でした。
機械式腕時計の生産を行っていたセイコーはクオーツ式腕時計という夢に向かって開発を始め、1958年には放送局用水晶時計を製作します。しかし、このときの時計はまだ大型ロッカーほどの大きさ。さらに小型化を進めなければなりません。そこで、大きな目標にしたのが東京五輪でした。1959年のIOC総会で、1964年の五輪開催地が東京に決定したのです。それまでオメガやロンジンといった世界的な時計メーカーが担当していた五輪の公式計時をめざすと決めました。
会場に設置する時計ならある程度の大きさでも構いませんが、選手のタイムや競技時間を計測するには、持ち運びができ、卓上に置ける大きさにする必要があります。ならばと徹底的に時計の機構の小型化を図り、AC電源不要のポータブル型クオーツ式腕時計とクオーツ式ストップウオッチの開発に成功しました。
セイコーのクオーツ式時計は各競技の主要大会で試用が行われ、1963年には公式計時への採用が決定します。翌1964年に行われた東京五輪では計時のトラブルが一切なく、セイコーの時計の正確さは世界的に知られるところになりました。この成功が、クオーツ式腕時計の開発に勢いをもたらします。
しかし、腕時計にするにはさらなる小型化が必要です。大きな問題は、振動子として使う水晶の大きさ。五輪で使われた時計は、振動子の水晶の長さが10センチほどありました。腕時計で使うには、これを2センチ以下にしなければなりません。
その解決策は、形にありました。それまでの水晶は棒状でしたが、これをU字型(音叉(おんさ)型)に加工しさらに真空の中に入れることで、小型で安定して振動する振動子が得られるようになりました。
機械式腕時計はゼンマイを動力としていましたが、クオーツ式時計は電池でモーターを動かして動力とします。このモーターも部品を機構の細部に埋め込んで小型化し、さらに1秒間に1度だけ動くパルス式を採用して省電力化も図りました。
1969年12月、セイコーは世界初のクオーツ式腕時計「セイコークオーツアストロン 35SQ」を発売。クオーツ式時計は正確だが持ち運びできないというのが常識だったため、この「アストロン35SQ」は世界に衝撃を与え、クオーツといえばセイコーといわれるようになりました。以降、セイコーはさまざまなラインアップでクオーツ式腕時計を展開し、今日まで愛され続けています。
古くからの定番商品だけで売り上げを確保している会社もありますが、多くのメーカーにとって新商品の開発は経営の命。企画開発室、技術開発室などを設け、日々開発に取り組んでいるでしょう。ただ、長期間にわたって同じように開発を続けていると開発の勢いが失われ、停滞状態になるケースもあります。
セイコーは1964年の東京五輪での採用という大きな目標を設定し、そこに向けて開発を加速化。その勢いが世界初のクオーツ式腕時計へと結実しました。大きなモチベーションとなり得る目標の設定は新商品の開発にも勢いをもたらすと、セイコーのクオーツ式腕時計のストーリーは教えてくれています。
執筆=山本 貴也
出版社勤務を経て、フリーランスの編集者・ライターとして活動。投資、ビジネス分野を中心に書籍・雑誌・WEBの編集・執筆を手掛け、「日経マネー」「ロイター.co.jp」などのコンテンツ制作に携わる。書籍はビジネス関連を中心に50冊以上を編集、執筆。
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ロングセラー商品に学ぶ、ビジネスの勘所