ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
1997年、米国ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGCで開催されたマスターズ・トーナメントの最終日。18番ホールのグリーンへと向かうタイガー・ウッズは、時折真剣な表情を崩しながら、ギャラリーの歓声に白い歯を見せて応えた。少年の面影を残したその笑顔には、バラ色のすりガラスを通して人生を見ているかのような幸福がにじみ出ていた。
そう、タイガー・ウッズは、このトーナメントで2位に12打差をつけて圧勝。プロに転向して1年もたたないうちに、メジャートーナメントの頂点にかけ上がったのだった。
それから22年。同じ赤いシャツと黒のパンツという姿でオーガスタ18番ホールのグリーンに向かうタイガー・ウッズの表情に笑みはない。まるで修道僧のような面持ちでグリーンへと続く緩い坂を上っていく。空から息子を見守る父アール・ウッズが励ます声を心の中で聞いているのかもしれない。ふと、そんな感傷にとらわれた。
『タイガー・ウッズ物語(S・A・クレーマー著/小林浩子訳)』によると、父アールが息子のゴルフの才能を確信し、息子に見せるためにガレージでゴルフのスイングの練習をし始めたのは、タイガーがまだ生後6カ月(!)の頃。生後10カ月(!)になると、まだ歩く前のタイガーは父の前で短く切ったパターを手にしてスイングを始めたという。その時のことをアールは「タイガーの最初のスイングは完ぺきに私のスイングをまねたものだった」と語っている。
そうして息子をゴルフ界の王者に育て上げた父アールもすでに天国に召されている。2007年ごろからは膝や腰の故障に悩まされ、その後女性スキャンダルを起こして離婚。さらに薬物摂取または飲酒状態で車を運転した疑いで逮捕されるといったプライベートの問題で、一度は上り詰めた王者の座から転げ落ちるように去り、長く低迷の時期を過ごしてきたことは広く知られるところだ。
「タイガー・ウッズはもう終わりだ」。そんな周囲の声が彼の耳にも届いたことだろう。何度も引退を考えたという。それでも諦めずにゴルフを続けた。その何度も立ち上がろうとする姿勢から呼び起こされたのが、「コア・コンピタンス(Core competence)」という言葉だ。
バブル崩壊後のことだったと思う。企業経営者の方たちは「コア・コンピタンスを生かして……」と、よく口にしていた。企業が本業以外の投資などで大きな損失を出したことが社会問題になる中、あらためて自社が大切に育ててきた事業を振り返り、他社にはまねできない事業のコアになるコンピタンス、すなわち能力を再確認し、それを次の発展に活用していこうという決意がその言葉から感じられた。
そして、何が自分のコア・コンピタンスなのかを自覚することの大切さをタイガー・ウッズの今回の闘いが教えてくれた。以前のタイガー・ウッズのゴルフといえば軽く300ヤードを超えるドライバーショットを放ち、バーディーを奪っていく豪快なイメージを持っていた方が多いのではないだろうか。
しかし、43歳のタイガー・ウッズにはそうしたゴルフはもう肉体的にできない。その自覚の下、タイガー・ウッズはマスターズに22回出場し、コースを知り尽くしているという経験値や強靭な精神力を生かして、緻密な攻めで着実にスコアを伸ばすゴルフで勝利へと近づいていったのだ。
豪快なショットを放つことは、43歳のタイガー・ウッズのコア・コンピタンスではなかった。現在のコア・コンピタンスは経験や精神力だったのである。ビジネスの世界でも、タイガー・ウッズのように自社の強みを再確認する視点は持つべきではないだろうか。
最終ホール、タイガー・ウッズは短いパットを沈め、2005年大会以来、5度目のマスターズ優勝を決めると、はじかれたようにグリーン上で喜びを爆発させた。そして歓声に沸くギャラリーへと近づいていく。そこには97年のマスターズ優勝時に彼を抱きしめ、勝利を祝福してくれた父アールの姿はない。待っていたのは、偉業を成し遂げた父を待つ小さな息子だった。
時の移ろいは悲しいが、また美しくもある。息子を抱きしめるタイガー・ウッズの姿は、新しいページを開き、また新たな物語が始まることを予感させてくれた。おめでとう、タイガー・ウッズ!そしてすてきなハッピーエンドをありがとう!
執筆=藤本 信治(オフィス・グレン)
ライター。
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