ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
2018年7月、フィギュアスケートの羽生結弦選手に国民栄誉賞が授与された。23歳での受賞は史上最年少となる。その理由は、2014年ソチ五輪(第22回オリンピック冬季競技大会)と2018年平昌五輪(第23回オリンピック冬季競技大会)で、男子シングル種目では66年ぶりとなる金メダルの連覇を果たしたことだった。
平昌五輪まで残り1年となった2017年2月、羽生選手はテレビ局のインタビューで、現代のフィギュアスケートをめぐる戦いを「真4回転時代」と表現した。ソチ五輪の頃までは、4回転ジャンプを成功させる選手が少なく、1本でも跳べれば金メダルのチャンスがあった。しかし、平昌五輪の頃には4回転ジャンプを複数回成功させる選手が現れ、その種類も増えた。そのため4回転ジャンプの質を問われるようになったのだ。そんな中、羽生選手は平昌五輪のショートプログラムとフリープログラムにおいて、計6本の4回転ジャンプを成功させ、連覇を手繰り寄せた。
この闘いは、さながら新商品や新機能でしのぎを削る企業間競争のようだ。熾烈(しれつ)な競争の中で、羽生選手は一体、どのように勝ち続けているのだろうか。自身の著書『夢を生きる』にその理由が記されている。
羽生選手には、常に多くのライバルが存在する。公式競技会にて世界で初めて4回転トウループ-3回転トウループ-2回転ループのコンビネーションジャンプを成功させたエフゲニー・プルシェンコ選手、4本の4回転ジャンプ(ルッツ、サルコウ、4-2トウループ、4トウループ)を成功させた金博洋選手、フリースタイルで6本の4回転ジャンプを成功させたネイサン・チェン選手、4回転フリップを成功させた宇野昌磨選手など、枚挙にいとまがない。
羽生選手は「毎シーズン進化しようと思っていますし、構成も毎回変わっています。もっと練習してうまくなりたい。もっと練習してコンスタントに跳びたい」という気持ちで、自分自身と闘い続けているという。
勝つためには、進化し続けなければならない。確実にノーミスで滑ることのできる構成ではなく、不安定な要素を抱えながらも、より難易度の高い構成へと羽生選手は挑戦した。さらに難易度が高い構成をノーミスで滑るということも課したのだった。その挑戦が実を結び、トータルスコア(330.43点)という現世界歴代最高得点記録保持者となった。
ライバルだけでなく自分自身との闘いもあるのは、ビジネスにおける商品やサービスの競争と同じだ。他社に先駆けて新しい商品を提供できたからといって、独占的な地位が永続的に約束されるわけではない。一時的にトップシェアを取ったとしても、すぐさま競合他社が追従し、同様の商品、あるいはさらに優れた商品を繰り出してくる。しかも、顧客は常に新しいものを求めるので、自社の既存製品よりも優れたものを開発しなければならないという自分自身との闘いもある。
羽生選手は、五輪出場以前から自身の未来について「19歳のソチで五輪初出場、23歳の平昌五輪で金メダル。その後は、プロになって何年間か滑って、何歳で結婚して……」と具体的なビジョンを描いていた。もちろん、平昌五輪を前にして、ショートとフリーで合計6本の4回転ジャンプを跳ぶ時代が来るとは思いもしなかった。男子フィギュアの闘いのレベルアップは、かつて羽生選手が想像していたものをはるかに超えたのだ。
そんな想像を超えた現実にどうやって対処したのだろうか。羽生選手は次のように表現している。
「自分の限界を感じているわけではないが、自分1人の力に限界を感じている」
自分1人の力の限界とは、これまで4回転ジャンプを複数回跳ぶことを意識していなかったことだった。4回転ジャンプを跳ぶことは意識していたので、自分の力だけで技術的な課題はクリアできていたと述べている。
しかし、フィギュアスケートの進化が、自分の想像を超えたことにより、「体も頭も(進化に)追い付かなくなってきた」と意識するようになったのだ。そして、自分1人の限界を打破するには「誰かの力を借りないとどうしようもないときがある」という考えに至るようになったと述べている。
かつての自分が想像しなかったものと直面したときに、自分1人の「限界」を感じることがある。それが諦めとなり、人の成長を鈍化させてしまう。しかし、信頼できる仲間、チーム、組織などの力を借りれば、限界を打破するアイデアを示してくれる。それが限界を乗り越える力を生み出すこともあるのだ。
羽生選手は、これまでの競技人生を振り返り「勝てないときは本当に勝てない。それで、たくさん練習をして調子が上がってきたのにケガをしてしまう。そんなのばかりです」と語る。「何でスケートやっているんだろう。もうやめよう」と何度も泣いたという。「でも(気持ちが)落ちた後に、結果が出ると(気持ちが)上がる。また(結果が出ないと気持ちが)落ちる。今後もジェットコースターのような人生を歩んで行くんでしょうね」と語っている。
羽生選手でさえ、何度もヘコみながら挑戦を続けている。アスリートのみならずビジネス・パーソンにも、画期的な新商品開発にチャレンジする際などには「限界」が立ちはだかることがあるだろう。限界に直面したときこそが、人間として真の力を試されている正念場でもある。そんなときに1人で立ち向かうのではなく、信頼できる仲間や組織の力を借りることができれば、限界を超える可能性は大きく膨らむはずだ。
参考文献
羽生結弦『夢を生きる』中央公論新社
※掲載している情報は、記事執筆時点(2018年8月6日)のものです
執筆=峯 英一郎(studio woofoo)
ライター・キャリア&ITコンサルタント。IT企業から独立後、キャリア開発のセミナーやコンサルティング、さまざまな分野・ポジションで活躍するビジネス・パーソンや企業を取材・執筆するなどメディア制作を行う。IT分野のコンサルティングや執筆にも注力している。
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アスリートに学ぶビジネス成功への軌跡