ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
書類に付ける目印として、備忘のためのメモとして、また本のしおり代わりとして、オフィスでもプライベートでも大活躍するのがポスト・イットです。ポスト・イットは米3Mの商品名ですが、付箋の代名詞となるほど身近な存在となっています。ポスト・イットはアメリカで1980年、日本で1981年に発売が開始された、文具の世界的ロングセラーです。
ポスト・イットのストーリーは、ある「失敗」から始まります。1968年、3Mの科学者であるスペンサー・シルバーは、接着剤の研究を進めていました。そのときにできたのが、よく付くけれど、簡単にはがすことができる接着剤でした。
シルバーが作った接着剤は、粘着剤が小さな球状になっていました。球状で接着面が小さいため、付けるときは強く押さえつけないとくっ付きません。強く押さえると、粘着剤が平たくつぶれてくっ付きます。粘着剤には弾性があり、引っ張ると元の球状に戻って粘性が落ち、簡単にはがすことができます。そして、はがした後も粘着剤の弾性は保たれるため何度でも付けたりはがしたりすることができるという、それまでの接着剤にはない特性を持ったものでした。
接着剤というのは本来、強力にくっ付き、はがれにくいのが良しとされるものです。シルバーの接着剤は非常にユニークなものでしたが、そのユニークさゆえに使い道がわかりませんでした。社内のさまざまな部門に作った接着剤を紹介しましたが、どのような用途で商品化すればいいかがわからず、お蔵入り状態になっていました。
時が過ぎて、1974年のある日曜日。3Mの研究者アート・フライは教会にいました。フライは聖歌隊のメンバーで、聖歌集の歌う予定になっている歌のページにしおりを挟んでいます。しかし、このしおりがよく落ちてしまうため、拾わなければならないのが面倒でした。この日も、聖歌集の間からしおりが落ちました。そこでフライは、ふとひらめきます。しおりの端にのりをつければいいのではないか――。
しかし、普通ののりだとくっ付いたままになり、しおりを違う歌のページに挟むために外すことができません。無理やりはがすと、ページが破れてしまいます。欲しいのは、ページを破ることなくくっつけたりはがしたりできるのりです。
フライは社内でこの話をしました。そこで持ち上がったのが、お蔵入りになっていたシルバーの接着剤を使うというアイデアでした。シルバーの接着剤なら、ページを破ることなくしおりを外すことができます。また、このアイデアはしおりだけでなく、普通のメモにも応用できます。貼ったりはがしたりできる、まったく新しいタイプのメモです。
3Mの社内で試したところ、この新しいタイプのメモの評判は上々でした。そこで製品化に向けて1977年、アメリカの4大都市でテスト販売を実施しました。一般ユーザーからの反応は思わしくありませんでしたが、サンプルを大企業の秘書に提供したところ、製品化されたらぜひ使いたいとの声が多く上がりました。秘書の仕事では細かなToDoやメモすべきことが日々大量に発生するため、忘れないように貼っておき、用が済んだら捨てられるこのメモは利便性が高かったのです。
オフィスを主なターゲットとして1980年、全米でポスト・イットの発売を開始しました。この新しいタイプのメモは、すぐにヒット商品になりました。誰かが資料に付けて渡すと受け取った人が興味を持つため、次々と利用者が生まれ、あっという間に広まっていったのです。
そして翌1981年、日本でも発売が始まりました。アメリカで受け入れられていたのはやや大きめの正方形タイプのものでしたが、反応が薄かったため、細長いタイプのものを日本用に追加して販売したところ大ヒット商品になりました。日本では箋(細長い紙)に水を付けて書類などに貼る伝統があり、アメリカのように付けはがしができるメモとしてではなく、印として付けられる箋、付箋としての需要が当初は多かったのです。
その後は正方形、長方形タイプのものも使われるようになり、アメリカ、日本だけでなく世界中のビジネス、プライベートで愛用される文具となりました。
1968年にシルバーが開発した接着剤は、強力にくっ付き、はがれにくいことを良しとする従来の接着剤のスタンダードから見れば失敗でした。しかし、その失敗がポスト・イットという世界的なヒット商品を生むきっかけになりました。
シルバーが開発したときに見えていなかったのは、組み合わせです。しっかりくっ付くが、はがせて何度でも使えるという接着剤だけでは大きな価値になりません。数年という年月は必要としましたが、その接着剤を紙、メモと組み合わせたことで、多大な価値を生むことになりました。
すべての失敗が、何かと組み合わせることで大きな価値を生むことにはならないでしょう。しかし、私たちの視点、発想には限りがあります。見逃している何か、考えつかない何かと組み合わせることで大きな価値を生むことになる失敗は、やはりあるように思われます。
私たちが時として必要とするのは、「正しい」コトやモノではなく、適切な組み合わせである。このことを、ポスト・イットのストーリーは考えさせてくれます。
執筆=山本 貴也
出版社勤務を経て、フリーランスの編集者・ライターとして活動。投資、ビジネス分野を中心に書籍・雑誌・WEBの編集・執筆を手掛け、「日経マネー」「ロイター.co.jp」などのコンテンツ制作に携わる。書籍はビジネス関連を中心に50冊以上を編集、執筆。
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ロングセラー商品に学ぶ、ビジネスの勘所