ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
1988年9月に開催されたソウル五輪の競泳100m背泳ぎの決勝は、米国のデビット・バーコフ選手、ソビエト連邦のイゴール・ポリャンスキー選手、そして日本の鈴木大地選手の3人による接戦が予想されていた。
鈴木選手自身は紙一重の勝負を制するために、工夫を重ねた独創的ともいえるトレーニングに取り組んでいた。
鈴木選手はバサロキックのパイオニアとして知られている。バサロキックは、スタート直後から水中に潜ったまま、両腕を伸ばし、ドルフィンキックで進む泳法だ。中学生の時にバサロキックに出合った鈴木選手は、当時まだ注目されていなかったこの泳法に可能性を見いだし、コーチと共に研究し、レースに取り入れていった。
1984年のロスアンゼルス五輪出場時にはただ一人バサロキックを用いたが、背泳ぎ100mでは11位、同200mでは16位という結果だった。
そして4年後。
僕のバサロはソウルオリンピックではかなり進化していました。バサロキックを21回行って25m泳ぐことが自分にとってベストタイムが出せるものになっていました
(僕がトップになれたのは、いつも人と違うことを考えていたから 鈴木大地著)
しかし、ソウル五輪の決勝レースをご覧になった方ならお分かりのように、バーコフ選手もポリャンスキー選手もバサロキックをすでに取り入れていた。
そこで鈴木選手は、斬新な視点でスタートとゴールタッチの練習に取り組んでいく。
背泳ぎは、足先を水中に沈めた姿勢からスタート合図によって、一旦空中にあおむけに飛び出し、そこから入水する。この時、狙った地点に入水する際の身体の面積が狭いほど、スピードは落ちない。そこで鈴木選手は、レース本番のような水中ではなく、プールサイドから背面ジャンプし、水面に浮かべたフラフープの中に指先から飛び込むという練習を繰り返したという。
一方、ゴールタッチに関しても、ソウル五輪を目前にした6月、従来とは違うタッチの仕方を取り入れた。
勝敗はゴール前のタッチの差で決まる。そこで、ゴール前のタッチは腕を上げて弧を描くことをやめ、そのまま水面すれすれを一直線に手を伸ばしてタッチすることに決めました
(同著より)
また、ゴールが見えない背泳ぎにおいて、最高のタイミングでゴールタッチするために、両目を閉じたまま壁に向かって猛ダッシュするという練習にも努めた。
(参照 勝利の神髄 1928~2016 指の目 鈴木大地 長田渚左著)
そうした周到な練習を続けていたにもかかわらず、決勝レース当日に作戦変更を余儀なくされることになった。朝の予選でバーコフ選手が54秒51の世界記録を打ち立てるのである。鈴木選手との差は1秒39。このままでは金メダルには手が届かない。ここで鈴木選手は決断する。後半にばてるリスクを考えながらも、練習でも経験したことがない27回のバサロキックで水中を30m進むことにしたのだ。
そして、いわばぶっつけ本番の決勝レースがスタートした。
狙い通りのスタートを決めた鈴木選手は、30m過ぎで浮上。続いて水面に出たバーコフ選手が先頭に立った。50mターンで、先頭のバーコフ選手と続く鈴木選手の差は体半分。鈴木選手が懸命に追う。残り20m、10m、5m、3人の選手が並び、ゴールに向かっていく。「大地、出てきた!大地、追ってきた。逆転か?逆転か?」実況するアナウンサーの声が悲鳴のように響き渡った。
そしてゴール!
練習そのままにゴールタッチを見事に決めた鈴木選手がバーコフ選手にわずか0秒13の差をつけ、金メダリストの栄冠を獲得したのだ。
バサロキックの回数を当日に増やしたことを、鈴木選手はあるテレビ番組で「常識外のことだった」と振り返っている。常識にとらわれず、新しい泳法を取り入れ、果敢に新しい練習に取り組んで新しいスタイルを作り出す。そして本番ではそれさえも捨て去る決断ができる柔軟さと大胆さがもたらした金メダルだといえるのではないだろうか。
現役引退後の2000年3月、鈴木大地さんは順天堂大学のスポーツ健康科学部の講師を務める傍ら、水泳部の監督にも就任した。当時のエピソードに興味深いものがある。それ以前にハーバード大学水泳部のゲストコーチを経験した鈴木大地さんは、コーチの押し付けではなく、選手の自主性を尊重する米国のスタイルに感銘を受け、ここでも早速、水泳部の運営にも取り入れていこうと試みたという。
そうした風土が根付いた水泳部では、ある年、部員の投票によって選ばれた新しい主将は、最もタイムの速い部員ではなく、タイムは遅くても一番努力をしていた部員だった。これには監督も驚いたらしい。そして結果的には、コツコツと努力を続けてきた新主将を中心に水泳部のチームワークは素晴らしいものとなったという。タイムの速い1人の選手がチームをけん引する場合もあるし、努力を続ける選手がチーム全体を鼓舞し、チーム力を底上げするケースもある。これは組織を構成するメンバーの個性にもよるが、ビジネス界でも参考にできるエピソードではないだろうか。
その後、わが国の初代スポーツ庁長官となった鈴木大地さんは、2020年9月、任期満了によって東京五輪の開催を見ずに退任することになった。ご本人はさぞ残念だったことだろう。でも近い将来、バサロキックを用いたレースのように、思わぬところに浮上し、また新たな挑戦に臨む姿を見せてくれるのではないだろか。
執筆=藤本 信治(オフィス・グレン)
ライター。
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アスリートに学ぶビジネス成功への軌跡