中小サービス業の“時短”科学的実現法(第23回) 売り上げ狙いの設備投資は時代遅れ

業務課題 スキルアップ経営全般

公開日:2024.10.01

 前々回から第5ステップ「事業戦略を立て直す」を説明しています。前々回はアプローチ11として「大口取引よりも、小口取引」という手法を解説しました。前回はアプローチ12「作業平準化のビジネスモデル」を紹介しました。

 これは具体的には繁忙期の需要を崩し、閑散期の需要創出によって平準化を実現するやり方です。その具体例として、春から秋は繁忙期で冬は閑散期の温泉旅館と、春はフル稼働、秋はその80%、夏と冬は稼働が約50%に下がるクリーニングチェーンの改善事例を解説しました。今回は、作業平準化に向けた事業戦略立て直しの別の事例を紹介しましょう。

 これまでの経営は、基本的に売り上げが増えることを前提としていました。「設備投資→顧客増加→売り上げ増加→生産性向上→設備投資→……」というように、設備投資を繰り返すサイクルを速く回して、会社を成長させてきました。サービス業では店舗面積を広げたり、客室を増やしたり、多店舗化したりしてきたのです。

 しかし、本格的な人口減少を迎え、これから客数に大きな影響が出てくるのは必至です。お客さまを奪い合う過当競争が激しくなり、その結果として低価格競争に巻き込まれていくはずです。このように、会社が売り上げを増やすという前提が難しい時代になったとき、どのような考え方で設備投資をすればいいのでしょうか。

 宮城県白石市の鎌先温泉に約600年続く老舗旅館、湯主一條があります。その歴史のほとんどは湯治宿でしたが、昭和40年頃から観光ブームに乗ろうと設備投資をして、高単価の観光客も宿泊できるように施設を大型化しました。これにより売り上げは増えましたが、施設内に長期滞在する低単価の湯治客と、1泊2日の高単価の団体観光客が混在したため、次第に客離れが起き始めました。

顧客ターゲットを変えて平準化を実現

 2003年に一條一平社長が20代目として先代から事業を引き継いだとき、旅館は経営危機に追い込まれていました。そこで一條社長は湯治客が宿泊していた客室を個室料亭に、宴会場をスイートルームに改修する設備投資を断行しました。74あった客室数をまず67に、次は50、最終的には24へと段階的に減らしていったのです。

 これによって湯治客や団体客の利用は激減しましたが、広くゆったりした部屋で手厚いサービスを個人客に提供し、客単価が上昇しました。結果として、売上高は2倍以上に拡大したのです。さらに部屋数を大きく減らし、サービスを充実させたので、混み合う週末を避ける平日の宿泊客が増えて客室稼働の平準化も実現しました。

 日によって客数が大きく変動すると、施設や設備だけでなく、サービスを提供するスタッフの人数も稼働のピークに合わせる必要があります。そうなると、お客さまが少ないときに施設や設備、スタッフの時間を持て余してしまい、会社全体の固定費を押し上げて経営状況を圧迫します。

 湯主一條のようにあえて部屋数を減らし、同時に提供するサービスを見直し、売り上げがアップしただけでなく、稼働も平準化すると生産性が向上します。こうなると、会社のさらなる成長のために次の設備投資の機会が見えてきます。

 つまり、これから求められるのは、売り上げを増やす目的の設備投資ではなく、「設備投資→生産性向上→顧客増加→売り上げ増加→生産性向上→……」という生産性を上げるための設備投資です。結果として売り上げが増えていくサイクルに変えなければならないと、湯主一條の事例は物語っています。

執筆=内藤 耕

工学博士。一般社団法人サービス産業革新推進機構代表理事。世界銀行グループ、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て現職。

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