ココロ踊る!山麓生活のススメ(第16回) 夏の夜を楽しむ ~ホタルが舞う里~

スポーツ

公開日:2022.07.15

 八ヶ岳山麓での生活が始まって2カ月。夫の通勤時間が長くなったり、息子のガクが保育園へ通うようになったりして生活のリズムも変わったけれど、それにも次第に慣れ、日々の生活が少し落ち着いてきた。そんな6月中旬、私が楽しみにしていたのは家の近くでホタルを探すこと。周辺は田畑が広がり、環境はよさそうだけれど、この辺りにいるだろうか……。

集落の裏手にある水路で舞うホタル

 

ホタルを見た思い出

 私の実家は静岡県にある。今は住宅が増えたけれど、昔は田んぼが広がるのどかな場所で、家から少し歩いた山あいの田んぼでは、ヘイケボタルが舞う光景が見られた。夏の初めに散歩がてら家族で見に行くのが恒例で、ホタルといえばその子どもの頃を思い出す。

 当時もホタルは珍しくて、きれいさや不思議な生態にも引かれたけれど、今思えばそれ以上に、夜、懐中電灯を照らしながら暗い場所を歩くのは特別な感じがしてわくわくしたし、家族で夜に出掛けること自体が楽しかったのかもしれない。

 でも、それからしばらくして家族の思い出の場所は埋め立てられて家が建ち、当然ホタルもいなくなってしまった。両親に聞いたところ、実家の周辺では現在、エサとなるカワニナを放流し、ホタルの保護活動をしている場所でしか見られないという。

 大人になってからは、長野へ旅行に行った時に見たぐらいで、ホタルはすっかり遠い存在になってしまった。

 私の中では記憶のかなたにあるホタルだけれど、八ヶ岳山麓に来てガクと近所を歩いているときに、ふと「もしかしたら、家の近くでホタルが見られるのでは?ガクに見せてみたいな」という思いが浮かんだ。というのもここは、私が育った場所よりもずっと規模の大きな田んぼが広がっているし、小川や用水路が何本もあるのだ。

ホタルを探して近所を巡る

 ガクとの散歩や、買い物のついでに車で川沿いを走ったりして、ホタルがいそうな場所をチェックした。

 家のすぐ近くに小川が流れている。大部分は護岸工事が施され、コンクリートで固められているけれど、少し上流には自然の雰囲気を残している区間がある。浅く、ゆっくりした流れで、水もきれいそう。川の両側は草が茂っているし、いかにもホタルがいそうな雰囲気だ。

 6月のある日、暗くなるのを待って見当をつけた場所へ行ってみた。でも、いくら目を凝らしてもホタルの光は見つからない。周辺を歩き、ほかにいそうだと思った場所もいくつか回ってみたけれど、やはりホタルの姿はないようだ。「6月とはいっても、夜は上着を着ないと寒いぐらいの気温だから、まだ時期が早いのかな。もう少し待ってから、また見に来よう」と思いながら帰宅した。

 その何日か後、地区の行事で一緒になった近所のおじさんに聞いてみると、「昔はどこでも一面に飛んでいたけれど、今はもう全然見ないなあ」という返事。自然が豊かそうに見えるこの場所でも、ホタルは見られなくなっているらしい。「今どき、保護地以外でホタルを見るのは難しいんだなあ」と実感した。北杜市内には、ホタルが観察できる公園がいくつかあるから、そこへ行こうかなと思いながら数日が過ぎた。

この小川にホタルがいると思ったけれど、全く見られなかった

 

母が見つけたホタル

 ある日、珍しく母が夕食後に「散歩に行ってくる」と父と2人で出掛けていった。私に代わって、ホタル探しに行ってくれたようだ。程なくして戻ってくると、「裏の水路に5匹ぐらい飛んでいたよ」と声を弾ませて戻ってきた。思わず「ウソでしょう?」と言ってしまった。なぜなら母が言う場所は、私が見当をつけていた場所よりずっと近くにある古ぼけたU字溝の人工的な水路。誰も手入れをせず、草がぼうぼうに茂り、片側は林が覆っていて、昼間はただ薄暗いだけの草やぶなのだ。

 すぐに夫、ガクと一緒に見に行ってみた。すると目を凝らすまでもなく、草むらの中でピカー、ピカーと強い光が点滅している。スーッと気持ちよさそうに飛びながら光っているのもいる。3匹、いや母が言うとおり5匹以上いそうだ。子どもの頃に見たヘイケボタルは弱々しい光ではかなげだったけれど、それよりずっと力強い。たぶんゲンジボタルだろう。

 光りながら飛ぶのはオスで、メスは草むらであまり動かずに光るのだという。観察しているとオス同士のバトルか、1匹を追いかけるようにして飛んだり、飛びながら2匹が絡まるようにして落下しそうになったりと、活発に動いている。

 その中の1匹が、夫が抱いていたガクのすぐ目の前を光りながら通り過ぎた。間近にホタルを見たガクは大興奮で、追いかけようとジタバタし、押さえつけるのが大変なぐらい。それから雨の日以外はホタルを見に行くのが日課になっている。初めは数匹だったホタルは、今、少し増えて、10数匹になっているようだ。

裏手の水路で活発に動くホタルを見つけた!

 

 イヤイヤ期真っ最中のガクだけれど、「ホタルを見に行く?」と言えば、どんなにグズっていてもピタッと泣きやむし、イタズラを止めなくて手を焼いているときも「ホタル」と言っただけで目をキラキラさせながら「ホタル、行く。ピッカン、ピッカン」と、途端に聞き分けのいい子になるのだから、ホタルの威力は絶大だ。

 今はホタルが何か分かっていなくて、子どもの頃の私以上に、ただ夜に出掛けるのが楽しいだけだろう。でも、ガクにホタルの記憶がしっかり残るようになるまで、これから毎年、水路に通いたいと思っている。そして、ガクが大人になって、またその子どもが見られるまで、ここがホタルの舞う里であり続けてほしいと思うけれど、それは大き過ぎる夢だろうか。

山野を彩る季節の植物たち ~タカネナデシコ~
 深い切れ込みの入った花びらは、くるりと回って開いたドレスのフリンジのよう。色も鮮やかで美しい。この花は八ヶ岳や鳳凰三山など、夏の高山で見られるタカネナデシコ。平地に咲くカワラナデシコより花びらの裂け目が細かくて、躍動感がある印象だ。霧が漂うと糸状の花びらの先に小さな水滴が付いて、涼しさを演出してくれる。

執筆=小林 千穂

山岳ライター・編集者。山好きの父の影響で、子どもの頃に山登りをはじめ、里山歩きから海外遠征まで幅広く登山を楽しむ。山小屋従業員、山岳写真家のアシスタントを経て、フリーのライター・編集者として活動。『山と溪谷』など登山専門誌に多数寄稿するほか、『女子の山登り入門』(学研パブリッシング)、『DVD登山ガイド穂高』(山と溪谷社)などの著書がある。現在は山梨で子育てに奮闘中。

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