ココロ踊る!山麓生活のススメ(第15回) 希望のリンゴの木

スポーツ

公開日:2022.06.17

 昨年の3月にわが家の土地を入手した直後、一番始めに植えたのはリンゴの木。リンゴは八ヶ岳山麓の冷涼な気候にも合うし、花がきれいで、実のなる姿もかわいらしい。そのうえに、おいしいリンゴが収穫できたら言うことなし。栽培2年目、思うようにはいかないけれど、それがかえっていとおしさを生むのかも。

秋、立派な実をならせるリンゴ(写真はこうなったらいいなというイメージです)

 

植木店の「ふじ」と「つがる」

 私の街のホームセンターでは、3月になるとリンゴなど果樹の苗木が並ぶ。昨年の春は、ホームセンターの近くを通るたびにどの店の苗がよさそうか、チェックをしていた。でも、どれも一本棒でひょろりとした、1mぐらいの木で(1年生苗というらしい)、なんだかピンとこない。

 ある日、急に思い立って、夫と一緒に植木の専門店を訪ねることにした。すると、近所のホームセンターでは売っていない、太くて立派な苗木が売られていた。品種は「ふじ」と「つがる」。4~5年生だろうか、枝ぶりも立派だ。私は一目ぼれに近い直感で「これだ!」と思った。

 リンゴは自家受粉しないので、実をならせるには2品種を近くに植える必要がある。そして花が咲いたら、お互いの花粉をハケなどで花に付けるといいらしい。栽培の手引きによると、「ふじ」と「つがる」ならば相性もいいし、シャキッとした甘い実がなるとあるから申し分ない(もちろん成功すればだけれど)。でも、夫は値段を見て「両方とも買うの?」と少しためらう。1本3500円。締めて7000円。初心者が手を出すには高過ぎないか、と言うのだ。

1本で35個採れれば

 ホームセンターで見た1年生苗はひょろひょろだけれど1000円以下、それに比べれば高い。でも、この太さの木はなかなか入手できないし、1年生苗よりもずっと早く実がなるだろう。どうしてもその木が欲しかった私が、夫の説得に使ったのは主婦のソロバン。

 「スーパーの特売でリンゴ1個100円だとして、1本の木から35個収穫できれば元が取れちゃうよ」と言ってみた。1年で3、4個ずつでも実れば10年で35個。計算しているうちにそのくらいは絶対に収穫できる、と根拠のない自信が湧いてきた。夫は「そんなに立派に育てられるのかなあ」と疑心暗鬼ながらも許可してくれたので、早速お店のおじさんを呼んで「ふじとつがるをください」と言った。

 「お、リンゴだね。甲府市内?」と聞かれた。北杜市ですと伝えると「いや〜、北杜だとまだ寒くて、今植えてもきっと失敗するから、あと3週間ぐらい待てない?」と、思ってもみなかったことを言われた。寒いときに植え付けをすると根が凍って枯れたり、弱ったりするらしい。「3週間もですか……」。私は今すぐ買って、植え付けをしたかった。でもプロの言うことは絶対に聞いた方がいい、と今度は夫に説得されて、渋々その日は手ぶらで帰ることに。

 そして、4月。ぴったり3週間後にまた店を訪ねた。おじさんは「ああ、この前の」と私のことを覚えてくれていて、「まだちょっと早い気もするけれど、植えてみる?」と言いながら、仮植えされていた苗を掘り起こす。「リンゴは果樹の中でも難しいから、頑張れよ。いい実がなったら売りに来てくれ」と冗談を言いつつ、苗を車に積んでくれた。

受難の木

 その日のうちに、まだ更地だった土地の片隅に2本のリンゴを植えた。おじさんのアドバイスがよかったからか、無事に根付き、間もなく両方ともきれいな緑色の葉が芽吹いた。そして、ほぼ同時に、いくつかの花も咲いた。

 でも、それからが大変だった。新芽にはアブラムシが付き、その葉が開くと今度は毛虫にムシャムシャ食われた。リンゴの葉は虫にとって、おいしいらしい。さらに夏は病気にかかったのか、水不足だったのか、黄色くなって落ちる葉があった。週末、畑に行くたびに消毒をしたり、水をやったり、肥料を施してみたり、と手を掛けた。特に「ふじ」は虫や病気に弱いようで、おじさんの言う通り、実をならすどころか、育てるだけでも難しい木だと分かった。

 なんとか枯れることなく緑のシーズンを終えて、2本とも紅葉し、八ヶ岳から冷たい風が吹き下ろす頃、すっかり葉を落とした。再び枝の姿になったリンゴの木。買ったときよりも一回り大きくなり、枝もたくましくなった。冬の間も家の工事の見学に来るたびにリンゴの木を見ては、早く春が来ないかなあと、芽吹きが待ち遠しかった。私にとって、2本のリンゴはすっかり希望の木になっていた。

 3月、新居の完成を控え、リンゴの芽も少しふくらんできたなあと思っていたある日、悲劇が起こった。なんと、家の外構工事に来たトラックが「ふじ」を踏んで、根元からボッキリと折ってしまったのだ。脇から出ていた細い枝だけを残して、まるで1年生苗のような、貧弱な姿になってしまった。

奇跡の実

 1年間、かわいがってきた木である。その悲しさといったらない。あの枝ぶりでは、今年はきっと花がたくさん咲いて、うまくいけば実を楽しめるかも、なんて期待していたのが、突然に砕けてしまった。

「つがる」は無事だけれど、パートナーの「ふじ」が咲かなければ受粉ができず、実るはずもない。折れた「ふじ」が再び成長して花を咲かせるまでには、2、3年かかるだろう。それでも復活を願って、残った細枝を起こし、支柱に固定した。

 近所の桜が散ってしばらくすると「つがる」が花を開いた。桜に似た薄ピンクの5枚の花びらで、少し大ぶりだ。ソメイヨシノのように一斉には咲かず、葉も同時に開くので派手さはないけれど、見応えのある花を長く楽しめるのがいい。「つがる」1本で100個以上のかわいらしい花を咲かせて、私たちを喜ばせてくれた。「ふじ」はもちろん咲かなかったけれど、残った枝から元気な葉芽を出しているのがけなげだ。

今年、きれいな花をたくさん付けた「つがる」

 

 そして、「つがる」の花が終わって数日後、あることに気付いた。リンゴの実になる子房は、受粉しないと軸(花柄)ごと落ちてしまうのだが、いくつかが落ちずに残っている。しかも、軸が太くなって上を向き、その先の子房がふくらんでいるように見える。

 奇跡と言うべきか、自然の力はすごいと言うべきか、「つがる」は知らないうちに受粉していたようだ。近所にリンゴの木は見当たらないので、どこの花粉をもらえたのか見当もつかない。でも、ミツバチは2~3kmも移動して花粉を媒介するというから、どこかの果樹園から運んでくれたのだろうか。

 一度はしぼんだ希望が一気にふくらんできた。5月末の今、「つがる」にはサクランボより少し大きいくらいの実が5つ付いている。これから、また何が起こるか分からないけれど、奇跡の実を大切に見守っていきたい。

山野を彩る季節の植物たち ~ヤグルマギク~
 この地域ではやったのか、近所にはヤグルマギクを植えている家がとても多い。散歩をすれば畑の隅、道端、庭先などどこにでも咲いている。青や白の花は統一感があって、暑くなり始めた季節にも爽やかだ。昔、花好きの伯父が育てていて「何の花?」と聞くと「ヤグルマソウ」だと教えてくれた。だから、私はずっとヤグルマソウと言っていたけれど、調べたら今は「ヤグルマギク」と言うらしく、慌てて原稿を書き直した。明治期にヨーロッパから持ち込まれてポピュラーになったが、日本在来の同名の植物があって、それと区別するために「ヤグルマギク」と呼ぶことになったとか。

執筆=小林 千穂

山岳ライター・編集者。山好きの父の影響で、子どもの頃に山登りをはじめ、里山歩きから海外遠征まで幅広く登山を楽しむ。山小屋従業員、山岳写真家のアシスタントを経て、フリーのライター・編集者として活動。『山と溪谷』など登山専門誌に多数寄稿するほか、『女子の山登り入門』(学研パブリッシング)、『DVD登山ガイド穂高』(山と溪谷社)などの著書がある。現在は山梨で子育てに奮闘中。

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