ニューノーマル処方箋(第59回) サイバー攻撃による被害を防ぐために、企業が考えるべきセキュリティのポイント

脅威・サイバー攻撃 時事潮流

公開日:2025.05.13

 2025年2月13日、NTT西日本グループが開催したオンラインセミナー「【元防衛省のサイバーセキュリティ専門家が解説!】企業の考えるべきサイバーセキュリティのポイント」に、NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジストの松原美穂子が登壇。サイバー攻撃の現状と事例、そして企業が考えるべきサイバーセキュリティのポイントについて解説した。

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<目次>
・被害増すランサムウエア攻撃、損害賠償につながる恐れも
・サイバーセキュリティ重要5カ条、すべて実施できている企業は1割
・専門人材がいない中小企業は、リスクの可視化から始める

被害増すランサムウエア攻撃、損害賠償につながる恐れも

 増加の一途をたどるサイバー攻撃。その被害額はなんと世界全体のGDPの1割にも及ぶという。数字だけで見れば、日本のGDPを大きく上回るほどの金額が毎年、サイバー攻撃で失われているのだ。しかも、これはサイバー犯罪者による攻撃のみの損失であり、国家による妨害活動なども含めると被害額はさらに増大する。

 こうしたサイバー攻撃をどこか人ごとのように捉えてはいないだろうか。企業の大小を問わず、サイバー犯罪者は常に私たちの隙を狙っている。甚大な被害を受ける前に、企業はサイバーセキュリティ対策を徹底しなければならない。

 サイバー攻撃と一口にいってもさまざまな種類があるが、近年特に著しい増加を見せているのがランサムウエアによる被害だ。いわゆる身代金要求型ウイルスである。サイバー犯罪者はコンピューターウイルスなどを介して企業のデータを窃取したりシステムを乗っ取ったりして金銭を要求する。

 国内事例としては、2024年5月に情報処理・印刷サービスを提供する企業がランサムウエア攻撃を受け、サービスの提供を停止する事態に陥った例がある。この企業は、業務が終了した際に顧客から預かったデータを削除する契約になっていたにもかかわらず、作業を効率化するためサーバーに保管していた。そのうえ、強固なサイバーセキュリティ対策をしていなかったため、攻撃によってデータを一気に盗まれ、委託元の個人情報が少なくとも150件以上漏えい。指名停止や損害賠償請求につながってしまった。

 こうしたランサムウエア被害が多く発生しているのは、日本の基幹産業ともいえる製造業だ。他にも卸売業や小売業、サービス業、建設業など多方面が狙われている。最大の原因はVPN装置の脆弱性を突いたサイバー攻撃だ。例えばパスワードをデフォルトのまま放置し、被害に遭うケースが後を絶たない。

 日本企業の場合、ランサムウエアに一旦感染してしまうと、平均して約2週間は業務停止が続くとされている。サイバー犯罪者に身代金を支払えば早急に解決するのかというと、そんなことはない。身代金を支払い、全データを復旧できた企業はわずか8%に過ぎない。さらに身代金を支払えば、犯罪者にとってその企業は「脅せば金を払ってくれる」対象と認識されてしまい、再び攻撃対象になるケースも多いのだ。

 ランサムウエア攻撃により倒産に至った企業もある。とある物流企業はコロナ禍を機にデジタル化に着手し、リモートアクセスを可能にしたが、サイバーセキュリティ対策が行き届かず設定変更からわずか2日後に被害に遭ってしまった。その影響で復旧や再発防止にコストがかさみ、さらに一部の取引先から契約を解除されたことが原因で、1年後に倒産したのだ。

 ランサムウエア以外で被害が多く発生している手口が、企業の公式SNSの乗っ取りだ。とある企業では公式アカウントが乗っ取られ、それまでの全投稿が削除された。そのうえ無関係の他国の企業の商品紹介が投稿されるようになった。SNSが乗っ取られるとブランドを毀損するような情報を発信される恐れがある他、DMを使ってフォロワーになりすましメッセージが送信されるリスクもある。SNSの乗っ取りは二要素認証を施す対策が有効なので、しっかりと行っておきたい。

 さらに、サポート詐欺にも注意が必要だ。コンピューター上でサイトを閲覧中に偽の警告画面を表示し、サポート窓口に電話をかけてきた人にソフトをインストールさせる手口である。最近では大手ドラッグチェーンが被害に遭い、ユーザーや社員の個人情報を窃取されたケースもある。この他、取引先や自社の経営者を装って偽メールを送信し、入金などを促すビジネスメール詐欺も増えている。

サイバーセキュリティ重要5カ条、すべて実施できている企業は1割

 サイバーセキュリティで重要なのは次の5項目だ。

1. OSやソフトウエアを常に最新の状態にしよう!
2. ウイルス対策ソフトを導入しよう!
3. パスワードを強化しよう!
4. 共有設定を見直そう!
5. 脅威や攻撃の手口を知ろう!
出典元:独立行政法人情報処理推進機構「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン

 では、こうしたサイバー攻撃への対策はどれくらい進んでいるのだろうか。名古屋商工会議所における2019年の調査結果によると、ウイルス対策ソフトの導入は9割の企業が行っているが、それ以外の対策はほとんど進んでいないのが現状だ。特に共有設定の見直しや、脅威や攻撃の手口を知る情報収集を実施できている企業は1割強程度だった。5項目すべてを実施できている企業はわずか1割に過ぎない。

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 中小企業の場合は特にコストやリソースの問題が壁となり、対策が進まないことはあるだろう。しかし、サイバー攻撃の損害額を知れば、その考えも変わるのではないだろうか。

 特定非営利活動法人 日本ネットワークセキュリティ協会(JINSA)のインシデント損害額調査レポートによると、中小企業のサイバー攻撃被害額は事故原因・被害範囲調査費用で300〜400万円、コールセンター費用で3カ月700〜1000万円、仮に1万人に見舞金や見舞品を用意するなら650万円、ネット炎上防止費用で300〜900万円ほどの費用がかかると試算されている。この他にもさまざまなコストがかかり、特にシステム復旧費用や再発防止費用は対応規模によっても異なるが数百〜数千万円規模に膨らむ可能性もある。

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 攻撃を受けると、サイバーセキュリティ対策よりもコストの方が高くなる。火災保険や地震保険と同じで、事前の対策が安心安全なのだ。

 さらに、サイバー攻撃の被害を受けた中小企業に対して大企業が厳しい目を向けるようになっている点にも注意が必要だ。中小企業が受けたサイバー攻撃の影響が取引先である自社(大企業)に及んだ場合、「中小企業に対して損害賠償を行う」とした企業は47%、「取引停止も辞さない」とした企業は29%に上っている。サイバー攻撃の影響はもはや自社にとどまらないと念頭に置く必要がある。

専門人材がいない中小企業は、リスクの可視化から始める

 具体的に企業はどのようなサイバーセキュリティ対策を行えばよいのか。

 まずは最も攻撃されやすいVPN装置のアップデートだ。さらに、SNSなどの乗っ取りを防止するための多要素認証、偽サイトや有害サイトへの接続をブロックするウェブフィルタリングなども重要である。コンピューターやサーバーなどの異常動作を常時監視、検知、対応するためのEDR導入も進めるべきだろう。加えて、社員のクラウド利用の仕方を監視するなどの対策も講じておきたい。

 企業にとってサイバー攻撃は、ビジネスの機会損失や株価の低下、顧客離れなどの大きなリスク要因となる。業務停止や信用の失墜を防ぐためにも、あらかじめしっかりと準備しておく必要があるだろう。

 一方で、社内に専門人材がおらず、対策が進まない企業もあるかもしれない。対策しようにも何から始めればよいのか分からない場合も少なくないだろう。そんなときは、リスクの可視化から始めてみてほしい。リスクの可視化はいわば健康診断のようなもの。何らかのリスクが見つかれば、そこから対策を検討すればよい。
さらに、中小企業を対象とした「サイバーセキュリティのおまかせサービス」も存在する。専門人材がいない企業にとっては重宝されるサービスだろう。

 サイバー攻撃の被害は増える一方だ。被害に遭う前に、できるところから対策を始めてみてはいかがだろうか。

執筆=松原 実穂子(まつばら みほこ)

日本電信電話株式会社チーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト。防衛省、パロアルトネットワークスなどを経て現在はNTTにて、サイバー攻撃の傾向やサイバーセキュリティ対策についての講演や執筆などを通じた情報発信と提言に努める。著書に『サイバーセキュリティ 組織を脅威から守る戦略・人材・インテリジェンス』(新潮社、大川出版賞受賞)。近著に『ウクライナのサイバー戦争』(新潮社、サイバーセキュリティアワード書籍部門優秀賞)。

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