「事業承継」社長の英断と引き際(第44回) 引き継ぐ価値があるか、問い続けた鉛筆メーカー(後編)

事業継承

公開日:2022.09.26

北星鉛筆(鉛筆の製造・販売)

 事業承継のヒントを紹介する連載の第44回は、前回に引き続き、東京・葛飾の鉛筆メーカー・北星鉛筆の杉谷和俊会長のケースの後編をお届けする。鉛筆の売り上げが落ち続ける中、杉谷会長は新商品開発や工場見学などを実施し、企業の存続価値を常に考え続けてきた。

杉谷和俊(すぎたに・かずとし)
1947年北海道生まれ。1952年に家族で上京。1970年、拓殖大学経済学部を卒業後、北星鉛筆に入社。営業部長、専務を経て1994年に4代目社長に就任。2019年に長男の龍一社長に事業を承継し、非常勤取締役となる

 1998年、大学を卒業した長男の龍一社長が北星鉛筆に入社した。杉谷会長は社業に全力投球する一方で、承継のタイミングに向けて、着々と準備を進めていた。「私が70歳になったら社長を退任して息子に譲ろうと考えていました。父がまだ社長を務めていたときに、私が役員の退任規定を作ったんです。70歳になったら役員は退職金を受け取り退任する。規定がなければ、ずっと働くことになりますから。そうして、私も自分が作った役員規定にのっとって、70歳で退任しました」と杉谷会長は説明する。事業承継は2019年、龍一社長は43歳だった。

 社長を引き継ぐにあたり、特に口頭で説明はしなかったが、必要な項目について説明を記した文書データを龍一社長に渡した。

 「紙で残しても必要を感じなければ見ないだろうと思ったので、役員会議のやり方、株式の譲渡方法などを記録し、データで渡しました。何か分からないことがあったら、ここに載っているから調べなさい、と。どれだけ事前に説明しても、実際に経験しなければ必要性が分からず頭に入ってきません。必要なときに見られるようにしたほうがいいだろうと思ったのです」(杉谷会長)

 社長を退任後、肩書は「会長」だが実際の役職は代表権を持たない非常勤取締役となった。今も毎日出社し、工場見学の案内などを担当し続けているものの、経営に関しては龍一社長に任せている。「時代が変われば、経営の手法も異なります。バトンを渡したあとは、なるべく口を出さないように心掛けています」と話す杉谷会長。口出しをしないため、経営に関して龍一社長と口論をしたこともない。

 「新社長がやりたいと言ったものを反対しても仕方ないでしょう。彼が歩いて行った先にドブがあると分かっていたとして、私がどれだけドブがあるよと言っても、本人に見えていなければ納得しません。それなら進んで、一度ドブに落ちてみればいい。よほど致命的でない限りは、そのまま見守ります」という杉谷会長。

杉谷会長の後を継ぎ、5代目社長に就任した長男の龍一氏

 「『いつまでも、老いを忘れて子を思う、親の心をくんで渡れよ』という北星鉛筆の家訓があります。親は子を思うあまり、つい言い過ぎてしまう。でも、いつも進む方向を指図していたら、自分で判断ができない子どもになってしまいます。相談をされたら、いいんじゃない? あるいは、こんなやり方もあるんじゃない? とアドバイスしますが、否定はしません」(杉谷会長)

 事業承継から3年。「まだまだ足りないところはある」と言いながらも、「よくやっているんじゃないかなと思います」と杉谷会長は龍一社長を評価している。

公害となる企業は生き残れない

 無事、社長業を引き渡した杉谷会長は、事業承継において大事なポイントの1つとして「この企業が世の中に必要なのか? と改めて問うこと」だと指摘する。必要のない会社であれば、次世代に引き継ぐ意味はない。時代に合わせ、存続価値を確立しておくのがバトンを渡す者の役目だと杉谷会長は考えている。

北星鉛筆では常に新しい製品を開発している。オンリーワンの自社ブランド商品のほか、OEM商品も多く製造する

 「時代に合った価値を自分でつくっていかなければなりません。価値がなくなったら企業は倒産します。鉛筆そのものも、売り方も変えていかなければならないでしょう。例えば、私が社長をしていたときにコンビニができて、鉛筆を取り扱うようになったんです。それまで、鉛筆は削っていないものが新品の証しでした。しかし、コンビニで鉛筆を買う人はすぐに鉛筆を使いたいはずです。当社は日本で初めて、削ってあり、すぐに使える状態の鉛筆をコンビニに納品しました」(杉谷会長)

 もう1つ大事なのは、この企業は社会にとって公害となっていないか? というポイントで考えること。SDGsという言葉がまだなかった時代から、北星鉛筆では循環型システムに取り組んできた。例えば、鉛筆製造時に排出される「おがくず」の再利用の研究を続け、おがくずをパウダーにして再商品化することに成功している。

 また、物を大事に使う精神を伝えるため、本社敷地内には使い終わった鉛筆を供養するための鉛筆神社や鉛筆地蔵を設置。工場見学の際に、5cm以下の小さくなった鉛筆を5本持ってきた人には、新しい鉛筆1本と交換する取り組みを始めた。短くなった鉛筆は供養する。

本社でやさしくほほ笑む鉛筆地蔵。子どもたちに物を大切に使う精神を伝える

 年内には、水に溶けて最後まで使い切れる新商品の色鉛筆が完成予定だ。短くなったら水に溶かして絵の具として使えるという。

 「鉛筆という商品はなくならずに残るよ、と皆さん言ってくださるんです。それは人々の鉛筆への思いや信頼の証しなのでしょう。しかし、残るという根拠は何もない。ならば鉛筆の欠点をなくして、持続可能な製品を作っていく。そうすれば企業も生き残っていけるのではないかと思っています」

 時代に合った製品により価値をつくり続け、企業を存続させていってほしいと杉谷会長は龍一社長に期待している。

同族企業の事業承継はゴールのないリレー

 杉谷会長は事業承継をさまざまな陸上競技に例えて説明する。例えば次のようなパターンがあるという。

 ・マラソン型…創業者が山坂を乗り越え、テープを切る
 ・短距離走型…創業者が短い期間でテープを切る
 ・駅伝型…決まった区間を決まった選手でつないでいく
 ・ゴールのない駅伝リレー型…ゴールは考えない、選手も決まっていないリレー

 「創業した会社をそのまますぐに売却、あるいは廃業するような短距離走の場合もあるでしょう。創業者が長く走り切るマラソンの場合もあれば、駅伝のように区間を決めてタスキを渡していくパターンもある。その中で当社の承継はゴールのないバトンリレーだなと考えました。バトンを受け取った人が一生懸命走り、きちんと価値をつくりながらタイミングを自分で判断して次の人にバトンをつないでいく。バトンとは、経営者が次の人に渡す“思い”です」

 そして、株の譲渡も含め、事業承継は未来戦略として、時間をかけて取り組んでいくものであると杉谷会長は説明する。「私は時間をかけて、少しずつ株を子どもや孫に渡していきました。10年、20年は絶対にかかります」。

 時間をかけるのは株式の譲渡だけではない。「長い目で子どもが夢を見られ、子どもが引き継ぎたくなる会社をつくり上げていかなくてはなりません。それを実現するには自分の興味のあるもの以外の情報も幅広くキャッチできるアンテナを備え、その情報をもとに時代に求められる商品を考え続ける必要があります。考えるのをやめると、新しいものを生み出す力はゼロになります。人間は、考えたことしか実現できませんから、経営者はとにかく考え続けるしかないんです」と杉谷会長は語る。

 鉛筆がある限り鉛筆を作り続ける会社の社長を退任し、今度は会長として何ができるのか、杉谷会長もまた考え続けている。これまでとは違う立場から会社を応援していく。

執筆=尾越 まり恵

同志社大学文学部を卒業後、9年間リクルートメディアコミュニケーションズ(現:リクルートコミュニケーションズ)に勤務。2011年に退職、フリーに。現在、日経BP日経トップリーダー編集部委嘱ライター。

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