「事業承継」社長の英断と引き際(第36回) 社員への承継は親族以上に時間が必要(後編)

事業継承

公開日:2022.01.27

ピー・キューブ(テレビ番組・企業プロモーションなどの映像制作)

 事業承継を果たした経営者を紹介する連載の第36回は、前回に引き続き、大阪市でテレビ番組を中心とした映像制作を手掛けるピー・キューブの創業者、池田由利子氏のケース。「50代になったら社長のポジションを譲りたい」と考えていた池田氏が後継者として白羽の矢を立てたのは当時副社長だった奥田祐司氏だった。それでは、その後の事業承継のプロセスはどうだったのだろうか。

池田由利子氏(写真右)は、創業時から20年以上一緒に働いてきた奥田祐司氏(写真左)に事業承継した

池田由利子(いけだ・ゆりこ)
1965年10月生まれ。短大を卒業後、リクルートに入社。23歳で退職後、フリーランスとしてテレビ番組の制作に携わる。1996年にピー・キューブを設立。2018年に副社長の奥田祐司氏に事業を承継し取締役となる

 池田氏は、事業承継の10年ほど前から奥田氏に「後は任せたよ」と伝えながら、財務諸表などもすべてオープンにしてきた。とはいえ、奥田氏にも社長就任に迷いがあったようだ。そんな奥田氏を池田氏は「部下たちがかわいいでしょう。ずっと面倒を見てあげてほしい」と口説いた。

 社長になることを承諾した奥田氏から伝えられた条件があった。それは、「院政を引かれるのは嫌なので、代表権を持つ会長という立場にはならず、一切を任せてほしい」ということだった。「数年間は会長として一緒に経営をするつもりだったので少し驚きましたが、せっかく社長になっても、周囲からどうせ裏で池田がやってるんだろう、と思われても彼もやりにくいだろうなと思い、彼の要求を承諾しました」と池田氏は話す。

 2018年7月、手狭になったオフィスを移転するタイミングで、奥田氏に事業承継することを決めた。「住所が変わるので名刺などすべて作り替えになります。そのタイミングで会社ロゴも作り替え、オフィスも彼の好きなようにデザインしてもらいました。移転報告と社長交代のご挨拶を一緒にできるのでいいタイミングだと思いました。私の色を残さず、オフィスも心機一転、自分の好きなようにできるなら、と彼も覚悟を決めたようです」

 池田氏は今、取締役という立場だ。持ち株の移転は会社が少しずつ買い取り、一部、奥田氏にも毎年譲る形で進めている。「株式の数でいえば私がまだ過半数以上を持っていて、議決権を考えれば会社の方針に口を出すことができます。ただ、20年以上一緒にやってきた信頼関係がありますし、私が急に議決権を行使します!なんて言い出すことは絶対にありません」と池田氏は笑う。

 今は経営の判断はすべて奥田氏に任せ、困ったときや人手が足りないときの「友軍のような立場」だという。「奥田とじっくり話すのは、月に1~2回程度。ベタベタしないからケンカもしない。私が社長の時代から右腕とはいえ、常にべったり仲良くしている関係ではありませんでした。ある程度の距離感を保つことがうまくいく秘訣だと思います」と池田氏は話す。

 社長交代から3年半、奥田氏の社長ぶりに関しては「本当に助かっている」と池田氏。「交代した途端、世の中でさまざまなことが起こりました。特にコロナ禍での番組制作は大変で、陽性者が出た場合に社員全員が濃厚接触者になることを防ぐために、あらかじめグループ分けをして業務を進めるなど、新しいやり方が必要になりました。そんな状況でも、ITに強い彼は社員のスケジュールをクラウドのカレンダーで管理し、自宅でも社員同士が情報を共有し、仕事がスムーズに進められるような仕組みを早急に整えました。この状況下で私が社長でなくてよかったと本気で思いました。私だったら、アナログな方法で推し進め、その場しのぎを続けていただろうと思います」

 また、奥田氏は働き方改革も推進している。「時代背景やテレビ番組制作という業界の事情もあり、私の時代の労務管理はいい加減な面もあり残業も多かった。それに対して今は時代に合わせて残業を減らし、有休取得も促進していて、『すごいなぁ』と思って見ています。おかげでホワイトな会社になってきました。私とはまったくタイプが違うからこそ、私の経営を踏襲するのではなく、会社もガラっと変えられる。それがよかったと思っています」。

 こうした実績を上げる奥田氏に今後、期待することは、「3人目の社長を育てること」だという。「彼ももう48歳ですから。分社をしてもいいし、形は変えても構わないので、今の社員たちがきちんと仕事を続けられるようにつなげていってほしい」と池田氏は思いを語る。

積極的に若い世代に任せて、黙っている

 さらに視野を広げて、今後のテレビ業界とそれを支えてきた自分たちの世代の身の処し方についても池田氏に聞いた。若者がテレビを見ないといわれている今、テレビ業界の未来はどうなり、それを支えてきた世代はどうしたらいいのだろうか。

 「テレビが今後どうなっていくかは、私たち世代ではなく、次の世代が考えていくことだと思います。私たち世代は、テレビを黎明(れいめい)期から成長させてきた誇りもあり、自分はあんなドラマを作ったんだ、自分たちのノウハウを伝えなければ、などと言いがちです。でも、今はスマホでも奇麗な映像が撮れる時代です。上の世代がいつまでも音頭を取っていたら古いものしかできません。50代、60代が黙ることが、下の世代のため、ひいてはテレビ業界のためだと思います。誰かを傷つけたり、嘘をついたりだましたりといったことがない限りは、上の世代は黙ることが大事。もちろん、いろいろ思うところはありますし、言いたくなる気持ちも分かります。でもそれは、お酒を飲みながら友人に愚痴ればいいんです(笑)」

 少子化が進む中、親族への事業承継は難しいケースも増えている。それほど規模の大きくない企業でもピー・キューブのような社員への承継が今後増えていくだろう。池田氏に社員に承継するときのポイントを聞いた。

 「とにかく時間がかかるので、社員の中から何人か候補を考えて、自分が40代、50代の早いうちから動いたほうがいいと思います。特に持ち株の整理は大変です。日本の税法は基本的に親族承継を想定して作られているので、社員への承継を急いでやると譲渡税などの面で損をすることもあります。信頼できる税理士さんと一緒に、10年くらいの長期スパンで計画的に進めることをお勧めします」

 同年代の社長の友人も多いという池田氏は「まだ任せられない」と承継を先延ばしにするケースもよく聞くという。「そういう方には『絶対任せられると思いますよ』と言っています。とにかく社長にして任せてしまったほうがいい。立場が人を育てますから。心配ならしばらく一緒に並走して抜ければいいじゃないですか。スピードが落ちつつあることに気が付かず、年齢を重ねたトップがずっと先頭を走っているから後ろがどん詰まりになるんです」と池田氏は話す。

 社長退任後、「毎日楽しそうだなぁ」と周囲からうらやましがられるという池田氏。そんな池田氏が最近、熱中しているのがドローン撮影だ。

ドローンでの映像撮影風景。シルバー層の思い出作りや地方活性に寄与していきたいと考えている

 「テレビは今、若い視聴者を獲得するのに必死ですが、私はむしろシルバー層に向けて映像のお手伝いができたらいいなと思っています。あと何回旅行できるかな……と考えていた人たちが、このコロナ禍でどこにも行けなくなってしまいました。状況が落ちついたら、そんな人たちの旅行の楽しい思い出をドローンを使いながら撮影し、家族やお孫さんに送るところまでサポートしたいと考えています。ドローンを使った撮影は珍しく、非常に喜んでもらえます。地方の観光地と旅行客をマッチングするなど、ライフワークとして続けられたらと思っていますが、ビジネスとしての可能性も感じています」と池田氏は熱意を見せる。

 池田氏はまだ56歳。若くして退任したからこそ、今後の可能性も広がる。

執筆=尾越 まり恵

同志社大学文学部を卒業後、9年間リクルートメディアコミュニケーションズ(現:リクルートコミュニケーションズ)に勤務。2011年に退職、フリーに。現在、日経BP日経トップリーダー編集部委嘱ライター。

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