ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
インターネット経由でさまざまな食材を首都圏の飲食店に販売する八面六臂(東京・中央)。「料理人向けのEC」というモデルで資金調達に成功し、一時は社員数が50人を超えるまでに急拡大した。しかし急拡大により、食材流通の現場に立たず、本社で現場をよく理解せずに仕事をする社員が急増して問題が続出。松田雅也社長はどうやって組織を立て直したのか、その経緯を聞いた(聞き手は、デロイト トーマツ ベンチャーサポート事業統括本部長、斎藤祐馬氏)。
松田社長は会社を建て直すために、受注システムなども全面的に見直した
(写真:菊池一郎/以下同)
斎藤: ベンチャーキャピタルなどから、5億円近い資金調達を実現したものの、その資金の使い方がまずかったと。今振り返るとどこに問題があったのですか。
松田:調達した資金で集めた人材の多くは活躍してくれるどころか、結局何もできなかった。そもそも食品流通という仕事の現場にあまり興味がなく、数字を見てビジネスを考えるばかりで現場に一切行こうとしないのです。お客さまに会って話を聞くわけでもありません。
また、我々の仕事は午前2時まで注文を受けますから、深夜勤務があることはやむを得ない面があります。注文を受けるため社員は午前2時まで待機しなければなりません。午前2時になると次はバイヤーチームが出勤し、買い付けを行う。一般の社員やアルバイトも朝6時出社で、商品のピッキングや梱包をスピーディーに行わなければなりません。そうしないと、午後3時までにお客さまへの配送が終わらないからです。
斎藤:食品流通を変えるという使命感がないと、そうした出勤時間を続けるのは大変ですね。
松田:そうなんです。だんだん会社に対して不満を持つ社員が増えてきて、会社全体が変な方向に曲がり出しました。あるとき、午前2時という締め切り時間をわずか10秒ほど過ぎた時に注文が入ったのですが、そのときの担当者が、もう締め切りを過ぎていると判断して注文を断ってしまったのです。それは創業当時から支えてもらっている大得意先からの注文でした。
慌てて謝りにいくと、「こんな仕事をしていたら会社をつぶすことになるぞ」と言われました。その言葉を聞いて「うちはなんてダメな会社になってしまったのか」とハッキリ分かったのです。
斎藤:会社を建て直すために、どんな手を打ったのですか。
松田:役職にかかわらず全員を、鮮魚などを扱う現場にも行かせることにしたのです。その時点で、現場を嫌う者は次々と辞めていきました。
大事なお客さまを怒らせてしまったようなミスが起きないよう、受注のプロセスを徹底して見直しました。その上で、より少ない人数で受注作業ができるように不要なプロセスの排除も進め、その分、素早い配送や品ぞろえの充実のために人材を振り向けるようにしました。
同時に、受注システムも全面的に見直しました。実際の現場を見ずにエンジニアが頭の中で組み立てていたシステムを改め、食材の受注から倉庫でのピッキング、物流まですべてのシステムをゼロから作り直しました。これで、責任者を含めて従来のエンジニアは全員が辞めました。
斎藤:どのようなシステムになったのですか。
松田:先ほど申し上げたように、属人的な部分を極力取り除き、誰がやってもミスをしないような仕組みに作り替えたのです。例えば、紙の伝票を基に計量していたときは、伝票の見間違いで注文と違う計量をしてしまうミスがありましたが、伝票を電子化することで伝票の数字と計量結果が違うときは警告を出すといった仕組みを用意しました。
また、ドライバーも勤務態度がよくない人には辞めてもらい、配送完了時には必ず報告するなど、手順を明確にして作業ミスを減らすことを徹底しました。もちろん本社も現在の場所に引っ越し、物流倉庫の一角をオフィスにしています。
こうして、社員数は大幅に減り、正社員が12人だけになりました。あとはアルバイトとドライバーが30~40人ほどです。かなり身軽になって組織は筋肉質になりましたね。販売管理費は従来の3分の1以下になりました。
斎藤:会社の体質を徹底的に見直したわけですね。
松田:そうです。14年ごろから、3年をかけて課題を1つひとつ解決してきた感じですね。特別な戦略を掲げたわけではなく、マスを1つずつ埋めるようにコツコツとやってきました。やり続けるのはけっこう大変でしたね。
本社オフィスがある物流倉庫前に立つ松田社長(右)と斎藤事業統括本部長(左)
斎藤:ベンチャー企業の経営者は成長スピードを追い求めるものですが、松田さんは時間をかけてじっくりと組織の体質強化に取り組んできた。
松田:私も最初はスピードを求めましたが、やってみて、食材の流通というビジネスは少しずつしか伸ばすことができない仕事なのだと分かりました。多額の資金を投じれば一気に拡大できるというものではない面があります。
斎藤:現在の社員とは、意識やビジョンの共有ができていますか。
松田:以前は急速に採用を増やして失敗しましたから、今は慎重に面接をして会社の考え方をよく理解してくれる人を採用しています。必要がない限りは極力人を採らないことも意識しています。
今は事業拡大を求めつつも、仕事の質を高めることにより集中しています。拡大してから質を上げるのは難しいですが、質を高めながら大きくすることはできますからね。
斎藤:今後に向けた最大の課題はなんでしょうか。
松田:1都3県で、もっとお客さんを掘り起こせると思います。そのためには、品ぞろえも配送も含めてトータルの質を上げないといけません。例えばすしの名店、すきやばし次郎が八面六臂に食材を注文していただけないのは、品質がまだ十分ではないからでしょう。
しかし、10億円を投じても品質はすぐには上がりません。名店の求める品質と価格を恒常的に実現できるためには努力し続けなければなりません。どうしても時間がかかるのです。
我々は、八面六臂を打ち上げ花火的な会社にしたくはありません。食は日々の生活そのものなので、それを支えられるしっかりした仕組みと土台を持った会社になりたい。食材の流通は厳しい仕事ですが、やり続けなければなりません。地道にやり続けることが、後続に対する参入障壁となり、競合に勝つ唯一の道だと思っています。
日経トップリーダー/吉村克己
※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年10月)のものですが、2018年2月に一部の表現を変更しました
執筆=斎藤 祐馬
※トーマツ ベンチャーサポートは、2017年9月1日より「デロイト トーマツ ベンチャーサポート」に社名変更しました。
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注目を集める地方発のベンチャー