ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
“起業大国”の米国でニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」などの著書もある入山章栄氏。早稲田大学ビジネススクールで経営学を教える准教授でもある。日本の起業シーンを活性化させるための手法を経営学の視点から評価し、米国との比較を盛り込みながら解説する。(聞き手は、トーマツ ベンチャーサポート事業統括本部長、斎藤祐馬氏)
入山:ある大手企業の人事担当の人と話したとき、おっしゃっていたのが「人材育成において、個人的なミッションやビジョンというものは、あまり考えさせないようにしている」ということでした(笑)。あくまで会社の思想だけを刷り込むのだ、と。なのに、50歳くらいで「この人、そろそろ辞めてもらおうかな」となったときに、いきなり「おい、おまえ、人生のビジョンは何だ」とか言うから、みんな混乱する。(笑)
斎藤:今、大企業の社員を対象に、個人的なやりがいをいかに見つけるかをノウハウ化した「原体験ワークショップ」というのをやっているんです。自分の今までの人生を棚卸しすると大体、一番つらかったときと絶好調なときに価値観のベースとなる体験がある。それを基に、自分の人生のミッションを会社の仕事の方向性とどうすり合わせるかということを考えてもらうものです。
入山:マネジメント側にとってもメリットのある研修ですよね。ある大手企業では、ベンチャー企業に社員を派遣したら、理念に共感した人たちが「大企業で働いている場合じゃない」とバンバン辞めてしまったという話を聞きました(笑)。こうした人材の流出を防ぐことにもなるわけですから。
斎藤:「自分のミッションは、会社を利用したほうが実現しやすいんだ」という考えに持っていくのが、マネジメントのポイントですよね。「小さくても自分で事業をやりたい」とか「自分の手でお金をもうけたい」となると、辞めて起業する方向に向かってしまう。でも、「世の中にインパクトを与えたい」「個人ではできないような大きな仕事をしたい」となれば辞めないし、続けているうちに共感する人も増えてくる。時間がかかっても形になる可能性が高いですから。
入山:大企業にいてほしい人材の条件に「巻き込み力があること」とおっしゃっていましたが、具体的にどういう人でしょうか?
斎藤:ビジョン、数字、政治力の3つを兼ね備えている人です。気持ちの面で共感できるストーリーを生み出せること。頭で理解できる戦略をロジカルに語れること。そして、打算でも参加したほうが得をすると思わせるプラットフォームを構築できることが大切ですね。
物事が好転する前って、一時的に後退したり悪化したように見えたりするじゃないですか。新規事業を軌道に乗せるまでも同じで、いわゆる「Jカーブ」の底を乗り越えるとき、協力者を募って反対勢力を説得するためにこの3つが必要なんです。底の段階ではもうけるよりも、寝技を使ってでも潰されないことが大事。今までの日本企業が一番弱いところだと思います。
入山:ベンチャー経営者にとっても必須の能力ですよね。大企業出身の起業家は日本社会の構造を熟知していて「物事は人間関係で決まる」というのが分かっているから、根回しもうまい。大学を卒業したばかりの若い起業家が「とにかく真っすぐやります!」となると、大企業とうまく付き合えなかったり、巻き込めなくておしまいになったり、というケースが多くないでしょうか。
斎藤:実は「Morning Pitch」で登壇している会社の75%は大企業出身の経営者なんですよ。
入山:それは驚きです。伝統的な日本の企業文化と起業家マインドのように、2つのフィールドでそれぞれ強みや深み、得意分野を持っていて、その間をつなげられる人材が強いということですね。経営学的には「バウンダリー・スパナー」、つまり「境界をつなぐ人」といいます。「H型人材」という言葉もあります。Hという字の両側の縦棒を真ん中の横棒でつなぐという意味です。1つだけ深く知る専門分野がある「T型人材」では生き残れない。
VCのWilでCEOを務める伊佐山元君が好例ですよね。ソニーとの合弁会社Qrioを立ち上げ、スマートフォンからドアロックを開閉するなどのIoT(モノのインターネット)商品を開発しています。あれだけの事業をなぜ運営できているかというと、ある経済誌のオンライン版編集長によれば「伊佐山君は日本興業銀行の出身だから」だそうです。たとえ大企業のトップとツーカーであっても、ビジネスの話を本部長や取締役などの頭越しにはしない。しかるべき順番で根回しをして、最終的にトップに届けます。興銀出身者としての根回し能力があり、シリコンバレーで上り詰めた経験もあるという意味で、「H型」といえますよね。
日経トップリーダー/名嘉裕美
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年6月)のものです
執筆=斎藤 祐馬
※トーマツ ベンチャーサポートは、2017年9月1日より「デロイト トーマツ ベンチャーサポート」に社名変更しました。
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注目を集める地方発のベンチャー