ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
記事には、一般に「5W1H」と呼ばれる要素のほとんどが盛り込まれます。「いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように」といった情報です。
その中で意外に読み飛ばされているのが「WHO(誰が)」ではないでしょうか。
新聞記事のWHOで重要なのは、「当事者」「取材源」という2つの要素です。当事者とは、殺人事件でいえば容疑者や被害者、警察や目撃者などです。しかし、記事を読み解く上では、「当事者が誰か」と同じくらい、「誰がニュースソースなのか」も重要になります。
記者は必ず何らかの情報源から話を聞いて原稿を書くわけですが、それが誰かということは内容の信頼性や、政治的なバイアスを判断する上で極めて重要だからです。
問題は、日本の新聞では情報源の匿名性がかなり高く、一定の知識を持っていなければ読者には分からなくなっているということです。
例えば、「政府首脳は◯日、記者団に対し〜であることを明らかにした」といった記事を見たことがあるのではないでしょうか。
この場合の「政府首脳」は、先ほどの2要素の両方を兼ね備えています。つまり「当事者」であると同時に「情報源」でもあるわけです。
つまり、これが「誰か」が分からなければ、情報の価値の半分くらいは得られないことになります。ただ、多くの人は「ああ、政府のエライ人が何かしゃべったんだな」と、その正体についてあまり詮索せずに読み飛ばすのではないでしょうか。
もちろん、「政府のエライ人」でも記事の大意は理解できます。それで十分だという人もいるでしょう。しかし、これが「首相」なのか「大臣」なのか「どこかの省のトップ」なのかで、語った内容の重みや政治的ニュアンスは全く変わってきます。
もし「政府の動きの先を読む」といった目的で新聞を読むのであれば、こういう曖昧な理解では不十分なのです。
さて、結論から言えば「政府首脳」が誰だったのか、この記事だけからは特定できません。そもそも「1人に絞り込めないようにする」ためにこうした曖昧な表現をしているのですから、当然でしょう。
ただし、政権によって異なるものの、7〜9割以上の確率でこれが「内閣官房長官」であると言うことはできます。実は、新聞記事にしばしば登場する「政府首脳」は、官房長官のいわば符丁なのです。
官房長官という役職は、新聞記事では「首相の女房役」と説明されることがあります。首相(新聞では内閣総理大臣をこう表記します)は大臣の集まりである内閣のトップ、つまり国の行政機関の頂点に立っています。それを補佐するのが「内閣官房」で、官房長官はこの組織のトップです。広報役として記者会見を開いて政府の立場を説明することが多いので、テレビで目にする機会も多い役職です。
官房長官は「政府の中で首相の次に権力を持っている」と言ってもいいでしょう。実際、官房長官は「機密費」と呼ばれる、使い道の詳細を明らかにしなくてもよい予算を握るなど、非常に大きな力を持っています。まさに「政府首脳」なのです。
ただし、「政府首脳」だけでは、厳密に言えば「首相」である可能性も排除できません。そもそも新聞は「政府首脳」の定義を対外的に明らかにしていません。万が一、報道の結果「そんな発言はけしからん!」という声が国民から沸き起こったとしても、首相や官房長官が「誰が言ったんでしょうね」とごまかす余地を残しているのです。
一方、読者が新聞に「これって官房長官のことですよね」と問い合わせても、「取材源については絶対にお答えできません」と言われるだけです。これが「取材源の秘匿」と呼ばれるもので、記者は逮捕されたり裁判にかけられたりしても、話を聞いた相手を明らかにしてはいけないことになっています。これが業界の「掟(おきて)」であり、記者になると最初に申し渡されるルールです。
執筆=松林 薫
1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。東京と大阪の経済部で、金融・証券、年金、少子化問題、エネルギー、財界などを担当。経済解説部で「経済教室」や「やさしい経済学」の編集も手がける。2014年に退社。11月に株式会社報道イノベーション研究所を設立。著書に『新聞の正しい読み方』(NTT出版)『迷わず書ける記者式文章術』(慶応義塾大学出版会)。
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情報のプロはこう読む!新聞の正しい読み方