ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
ラグビーワールドカップの大活躍で話題となった五郎丸歩選手。選手として基礎を固めた早稲田大学ラグビー蹴球部時代の監督が中竹竜二氏だ。五郎丸選手は、今でも影響を受けた指導者として中竹氏の名前を挙げる。中竹氏に結果を出す部下への指導法を学ぼう。
マネジメント経験の浅い管理職は部下の期待に応えようとハッスルしがちで、正解を出そうともがくもの。しかし、1人で考える正解よりもっと良い方法がある。今回の「部下に気づきを与える」言葉は、上司が自分の能力を飾らずに伝えるものだ。それによって、部下やチームの自律性を高めることができる。
「俺に期待するな」。2006年、早稲田の監督になって以来、私は選手たちにこう言い続けた。それは、監督が万能であり、常に正しい答えを与えてくれる存在だと選手が期待することに窮屈さを感じたからだけでなく、私に頼ることは選手たちの自律性を低下させると考えたからである。
もちろん、万能、あるいは万能に近い監督や上司もいる。私の前任者だった清宮克幸さん(現トップリーグ・ヤマハ発動機ジュビロ監督)がそうだった。鋭い戦略、それを現場に落とし込む力、大事な局面での決断力。何を取っても優れたカリスマだった。私が監督に就任した当時、選手たちは清宮さんのやり方に慣れ切っていた。明確な戦略と、適切な練習メニューが常に提示され、それに従うのが当たり前になっていた。その理由は、従っていれば勝てたからである。だから清宮さんと同じ「監督」という立場である私からも、同じように優れた戦略、練習メニューが繰り出されることを選手たちは期待した。
しかし、私は大学卒業後、3年半はイギリスに留学、その後は普通にビジネスパーソンをしており、ラグビーから離れること約10年。しかも指導経験は皆無だった。そんな私が監督になったからといって、急に優れた戦略や練習メニューを提示できるわけがなかった。
最初は選手の期待に応えようと努力したが、空回りするばかり。彼らから返ってきたのは、不満の声と半ばさげすむような「舌打ち」だった。
経験が浅い管理職は、同じような場面に出くわす。管理職になる前はプレーヤーとして、自分のことだけを考えていればよかった。マネジメントも、部下の指導も育成も、初めての経験。それでも部下は上司を万能、あるいは経験や知識が自分より豊富だと期待し、常に「正解」を与えてくれることを望む。そして、上司はその期待に応えようとする。
そこにねじれが生じる。上司は、本当は万能ではない。それでも、なんとか答えをひねり出し、それを部下に与え続けると部下は自ら考えなくなる。ひねり出した戦略や手法がうまく機能しなければ、今度は部下にフラストレーションが生まれ、蓄積される。結果、部下は自律性を失い、上司と部下の間の信頼関係が失われていく。「万能なふり」は、かようにネガティブな結果を生むのである。
こんな事態に陥らないためにも、上司は部下にあらかじめ「私は万能ではない」と宣言したほうがいい。そして、その後に続く言葉は「だから、自分で考えて」、あるいは「一緒に答えを考えよう」である。
清宮流をまねてもうまくいかないと早々に判断した私は、選手たちに「俺に期待するな。自分で考えて」と言い切った。最初は非難ごうごうである。監督は何のためにいるのか。適切な指示や指導をしてくれるのが監督ではないか。彼らは反発した。しかし、それに耳を貸さずにいると、「仕方ないな、俺たちでやろうぜ」と、彼らは渋々ミーティングを始めた。しばらく見守っていると、自分たちで考えることが当たり前になった。
彼らは、なかば諦めてくれたというのが現実だが、そもそも監督1人が考えるより、選手全員の知恵を集めたほうが、優れた戦略や練習メニューが出てくるのは自明だ。私も勝ちたかったし、みんなも勝ちたかった。自律型組織や自律型人材をつくる目的は、結局はゴールの達成だ。つまり、「俺に期待するな。君たちで考えてくれ」という言葉が機能する前提として、組織や個人のゴールが共有されていなければならない。
もちろん多くの場合、上司のほうが経験も知識も豊富であることは事実だ。だからまったく部下をサポートするな、ということではない。自分の体験、得てきた情報、成功事例を伝えることも重要だ。しかし、それはあくまで部下の選択肢の1つになるだけで、「正解」と受け取らせてはならない。
伝え方にも注意が必要だ。過去の成功体験を武勇伝として語る。そして、「おまえたちもこんなふうにやってみたらどうか」と言うのは禁物だ。武勇伝を語るとき、本人にそういうつもりはなくても、確実に「万能モード」に入っている。
社会経済環境はめまぐるしく変わる。30代、40代が経験してきた環境と、20代の若手が対峙している今の現場は驚くほど異なる。過去の成功体験は、ほとんど意味を持たない。
成功体験を話してもいい。しかし、万能ではないことを同時に伝えるべきだ。「私の成功が今の時代に通じるか、判断するのは君たちだ」。それが正しいスタンスである。
執筆=中竹 竜二
1973年福岡生まれ。93年早稲田大学入学、4年時にラグビー蹴球部主将を務め、全国大学選手権準優勝。卒業後、渡英しレスター大学大学院社会学部修了。2001年三菱総合研究所入社。2006年早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。2007年度から2年連続で全国大学選手権を制覇。2010年退任後、(公財)日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターに就任。近著に『部下を育てるリーダーのレトリック』(http://www.amazon.co.jp/dp/4822249719)がある。
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五郎丸に影響与えた指導者の部下育成術