ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
ラグビーワールドカップの大活躍で話題となった五郎丸歩選手。選手として基礎を固めた早稲田大学ラグビー蹴球部時代の監督が中竹竜二氏だ。五郎丸選手は、今でも影響を受けた指導者として中竹氏の名前を挙げる。中竹氏に結果を出す部下への指導法を学ぼう。
ビジネスにおいてスピードはなくてはならないものとなっている。今回の「部下に気づきを与える」言葉は、仕事のスピードを確実に上げるために役立つ。それは「正直者はバカを見ない」という言葉。スポーツと同じく仕事もフェアプレーを前提に行動すれば、シンプルにゴールに向かえるようになるからだ。
「正直者はバカを見る」。本当にそう信じている人は、想像以上に多い。しかし、私は「正直者はバカを見ない」と常々言っている。「だからルールを守ろう。成果に確実につながるから」と。
社会や組織のルールを守ることの大切さは、往々にして「人間教育」の文脈で語られる。車がほとんど通らない田舎の道でも、信号無視をしない。電車に高齢者が乗ってきたら席を譲る。ウソをつかない……。これらを「守れ」と言うとき、「いくらバカを見ても、人格を高めるためには必要だ」というニュアンスを背景に持つ。逆に言えば、そうした文脈を備えない限り、バカを見そうなルールを守れとは言い難い。
スポーツのフェアプレー精神も同様だ。すべてのスポーツで審判の力は絶大である。ルール違反があっても、審判が見ていなければペナルティーは取られないし、見ているときでさえ、審判が反則と判断しない限りはペナルティーにならない。サッカー選手が敵に押されたときなどに、大げさに転んだり、痛がったりするのは、審判にペナルティーを取ってもらうためのアピールである。
このように、「審判が見ていなければOK」となりがちなところを、フェアプレー精神が防御している。「バカを見ても仕方がない。スポーツマンは人としても素晴らしくあらねばならない」という思想が、その根底にある。
それに対する私の反論が、「正直者はバカを見ない」だ。社会や組織のルールを守ることは、バカを見るどころか、成果を高めることにつながると確信している。
審判の隙を狙って相手にダメージを与える。何もされていないのに、痛がったり転んだりして、ペナルティーを取ってもらう。ラグビーでも、これらはアンフェアなプレーだ。しかし、ペナルティーを取ってもらったら、「ラッキー」ということになる。
だからといって、これを前提に選手が動いたらどうだろうか。「今、審判は見ていないかな」と隙をうかがうことは、本来見るべき「敵」への注意を散漫にする。相手のラフプレーを大げさにアピールすれば、時間のロスにもなる。そして、それはゲームを止め、ともすると味方にとって悪い流れを呼び込むことにもなりかねない。
常にフェアプレーをする、ウソのないプレーをすることは、真っすぐにムダなくゲームに向き合うことにつながるというわけだ。
顧客に対して、必要以上に競合のマイナス情報を吹き込み、自社製品をアピールする。納期に間に合わないかもしれないから、上司に風邪などと言い訳する。確かに、バレなければ顧客は自社製品を購入してくれるし、上司は納期に間に合わないことを許してくれるかもしれない。しかし、顧客は自社製品の魅力を理解して買っているわけではないのだから、いつ競合にひっくり返されるかわからない。上司に風邪だと言えば具合が悪いふりをしなければならないので、仕事の効率は当然下がる。
フェアプレーを前提にすれば、自社製品の魅力の分析や、納期を守るための仕事のスピードアップに全力を注ぐ。すなわち、シンプルにゴールに向かえる。その先にあるのは、確実な成果だ。
世界的なCSR(企業の社会的責任)の広がりも、このような理由だと思う。その概念の始まりは、事業で得た利益を社会に還元し、社会の役に立つことをすべきという文脈だ。その後に、「たとえ利益が減っても」というただし書きがついていた。
それが現在は大きく変わりつつある。BOP(ベース・オブ・ピラミッド)ビジネスのように、社会貢献は確実に利益をもたらすという考え方が広まってきた。消費財メーカーが発展途上国で手洗いの教育をし、病気を減らしたという話は有名だ。美談であり、社会貢献には違いない。しかし、この消費財メーカーは、その教育によってせっけんを使う習慣を根付かせ、自社製品の需要の掘り起こしに成功した。そして、現地でそのメーカー名が「せっけん」という意味になるほど、ブランドの浸透にもつながったという。
フェアプレーやルールの順守を人格教育の文脈で語っているうちは、「やりたい人がやればいい」となりがちだ。しかし、成果に結び付くという図式を示してやれば、そこへのコミットの仕方は大きく変わる。CSRが担当部署だけでなく、会社全体の取り組みに変わったように。
執筆=中竹 竜二
1973年福岡生まれ。93年早稲田大学入学、4年時にラグビー蹴球部主将を務め、全国大学選手権準優勝。卒業後、渡英しレスター大学大学院社会学部修了。2001年三菱総合研究所入社。2006年早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。2007年度から2年連続で全国大学選手権を制覇。2010年退任後、(公財)日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターに就任。近著に『部下を育てるリーダーのレトリック』(http://www.amazon.co.jp/dp/4822249719)がある。
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五郎丸に影響与えた指導者の部下育成術