ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
ラグビーワールドカップの大活躍で話題となった五郎丸歩選手。選手として基礎を固めた早稲田大学ラグビー蹴球部時代の監督が中竹竜二氏だ。五郎丸選手は、今でも影響を受けた指導者として中竹氏の名前を挙げる。中竹氏に結果を出す部下への指導法を学ぼう。
仕事で失敗したときに振り返るのは当たり前。一方、成功したときに行うべきルーティンにはどんなものがあるのだろうか。今回の「部下に気づきを与える」言葉は、ビジネスでの成功を継続させる際に役立つものだ。最終回は、部下を育てる際に欠かせないシンプルな一言に迫る。
部下が目標を達成したとき、どんな言葉をかけるだろうか。「良かったな」「頑張ったかいがあったな」。このような声かけが一般的だろう。私もまずはそう言うが、その後に「成功したときこそ、振り返りを重視しよう」と続ける。
部下が失敗したとき、その原因を見つけるために振り返りをさせることの重要性は、多くの上司が知っている。では、成功したときはどうだろうか。現場は忙しい。成功したのだから、わざわざ振り返りをするモチベーションは働かないだろう。
しかし、私は成功したときにも振り返りをすべきだと思うし、ラグビーでも実際に試合に勝ったとき、選手が成長したときに振り返りの時間を大切にしてきた。
その理由はまず、成功を再現するためには、うまくいった要因を抽出しておくことが重要だからである。成功や成長には、ある種の「ラッキー」が付きまとう。強豪校に勝てた。それは相手のエースがケガで欠場したから。こちらの選手が全員、とても調子が良かったからなど。しかし、この程度の分析で終わっていては、勝利を再現するのは難しい。
相手のエースが出場していたら、どんなゲーム運びになっていただろうか。エース欠場の問題だけではなく、味方にはどんないいところがあったのか。調子がいい状態をなぜつくることができたのか。これらを真剣に考えることで、成功の再現性は高くなる。
早稲田の監督2年目のシーズンは、全国大学選手権で優勝することができた。大学選手権の優勝校は、社会人チームも合わせて日本一を決める日本選手権への出場権を得る。日本選手権の数日前、私はレギュラー選手とコーチ、マネジャーなどのスタッフを集めてミーティングを行った。その内容は、日本選手権を前に戦略を決めるというものではなかった。あくまで、翌年のチームに何を残すかをテーマとした。
優勝の要因は何だったかと問うと、「苦しいときも、方針がブレなかった」「逆転されたときに、最悪を想定した練習が糧になった」といった言葉が次々と出てきた。
日本選手権を前にした合宿には4年生だけでなく、3年生のリーダー格の選手も参加していた。翌シーズンが始まり、その選手が4年生となった最初のミーティングで、先輩たちの言葉をメンバーに伝えた。それを共有するのと同時に、「僕たちも『こんなふうにやったから勝てた』という財産を次の年に残そう」という意気込みに変えた。
多くの企業で、「成功事例の共有」がなされる。それは社内報や社内イベントによる場合が多いようだ。しかし、これはかなり目立つ事例に限られる。全員の日常の仕事の小さな成功や成果、人の成長の要因は、誰も真剣に考えずに通り過ぎる。これは、本人にとっても、組織にとっても大きな損失である。
同時に、成功の中にも小さな失敗が必ずある。それを見逃すことも、組織の損失になる。
先の日本選手権前のミーティングでは、「もっとこうしておけば良かった」「ここはもっと頑張れた」という失敗や後悔についても話し合った。そのとき、学生たちから最も多く出てきた言葉は、「もっと本音を言い合えるチームになれれば良かった」であった。
この年のチームには「お互いをライバル視する」厳しさがあった。だから、学生同士のミーティングを多くやっても、本音を言い合うまでに至らなかったのかもしれない。互いをライバル視してきた彼らでさえ、学年を超えたコミュニケーションの必要性を感じていたことは、私にとっても意外だった。
もちろん、それも翌年のチームに伝えられた。そして、翌年のチームは「全員で楽しくコミュニケーションを取って、何でも言い合えるチームになろう」と目標を立てた。
こんなこともあった。選手たちが「大事な試合の前には、皆で『食事会』をしたいんです」と言い出した。「ついては、中竹さんも参加してほしい」と言われたが、私に指導してほしいわけではなく、彼らの単なる「財布」だと分かっていた。「優勝してくれるなら、食事会の出費くらい、どうってことはないよ」。そう言って、やりたいようにさせた。彼らは自分たちで企画し、普段コミュニケーションが取れていないメンバーを近くに座らせるなど、席も工夫して、全員が気軽に話せるような場をつくった。そして、彼らは前年とはまったく違うスタイルをつくり上げ、優勝を果たした。
1つの成功の中には、引き継ぐべきこと、変えるべきことの両方が内在している。それを表に引っ張り出して、財産に変えることで、人も組織も大きく成長するのだ。
執筆=中竹 竜二
1973年福岡生まれ。93年早稲田大学入学、4年時にラグビー蹴球部主将を務め、全国大学選手権準優勝。卒業後、渡英しレスター大学大学院社会学部修了。2001年三菱総合研究所入社。2006年早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。2007年度から2年連続で全国大学選手権を制覇。2010年退任後、(公財)日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターに就任。近著に『部下を育てるリーダーのレトリック』(http://www.amazon.co.jp/dp/4822249719)がある。
【T】
五郎丸に影響与えた指導者の部下育成術