ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
ラグビーワールドカップの大活躍で話題となった五郎丸歩選手。選手として基礎を固めた早稲田大学ラグビー蹴球部時代の監督が中竹竜二氏だ。五郎丸選手は、今でも影響を受けた指導者として中竹氏の名前を挙げる。中竹氏に結果を出す部下への指導法を学ぼう。
今回の「部下に気づきを与える」言葉は、目標設定の際に役立つものだ。前回まで、部下に能力を発揮してもらう方法について説明してきたが、それと同時に目標設定も適切に行う必要がある。今回は目標設定の不可欠な「ストーリー」の考え方を紹介する。
部下が目標を達成できない。そのとき、部下に問題があると判断する前に、目標設定の仕方に問題はないか、自らを疑ってみたほうがいい。実は、本当に大事なことを話し合っていないのではないか、と。
早稲田の監督時代、毎年1年生から4年生まで、全部員と個人面談をした。そこで行うのは、前回まで説明した「スタイル」の確立と、その年の目標設定。目標設定に私が使っていたのが、「VSSマネジメント」という手法である。VSSマネジメントとは、「ビジョン(Vision)」「ストーリー(Story)」「シナリオ(Scenario)」の頭文字を取ったものだ。
ビジョンを描き、それに向かう道のり(ストーリー)を具体的にイメージする。そして、そこで起こり得る失敗や逆境に立ち向かうために、どんなセリフや行動を仕込むかを考えるのがシナリオである。少なくともビジョン(目標)と、そこにたどり着くストーリー(プロセス)の話し合いは必須である。
企業のマネジャー研修などで、個人面談の様子を見聞きする。その面談の目的には、ほとんどの場合、目標の擦り合わせが入っている。しかし、達成すべき目標は決めても、「どう到達するか」という具体的な道のりを話し合うことはあまりない。せいぜい、3カ月先はこう、半年後はこうというようなマイルストーンを設定する程度にとどまっているのが普通だろう。
この目標、マイルストーンの設定と、私が言うビジョン、ストーリーの設定との大きな違いは、そこにそれぞれのスタイルが反映されているかどうかだ。らしくない目標やプロセスを設定されても、努力は空回りするだけである。
しかしながら、スポーツでもビジネスでも、そもそも目標自体は組織の事情で決めざるを得ない場合が多い。そこに本人のスタイルを反映する余地はあまりない。それでも目標へ向かうストーリーに部下のスタイルは反映できる。
先述した「しゃべらない副キャプテン」の場合、組織として設定したビジョンは「副キャプテンとしてキャプテンを支え、チームを引っ張っていくこと」である。その上でストーリーには、彼のスタイルである「しゃべらない」「行動や態度で示す」を反映させた。
すると、こんな展開が描ける。最初は指示が少ない彼に、メンバーたちは付いていかない。時にイラ立つ。それでも彼は地道に練習に励み、礼儀やルールを守って行動する。それに上級生が追従し、下級生も倣っていく――。このストーリーを確認しておいたので、彼も私も、メンバーが付いていかないときに焦らなかった。「自分の(彼の)スタイルを発揮していれば自然に起こり得ること」と、安心して前に進んでいけた。
この話をするとき、「ウサギとカメ」の話をよく引き合いに出す。どんなに歩みが遅くても、歩みを止めなかったカメが勝つ。カメのスタイルに合ったストーリーを貫き、焦らず無理をしなかったから勝てたという寓話(ぐうわ)だ。
ただ、このとき、ウサギの戦い方を全否定してしまうのもどうかと思う。人によっては継続的な努力が苦手で、最初にスパートをかけて後は適当に、という進み方が適している人もいる。カメにはカメの戦い方、ウサギにはウサギの戦い方がある。
では、具体的にはどうするか。目標を決めるとき、本人のビジョンと、そこに向かうストーリーは事前に考えてきてもらう。目標が組織による所与の条件であれば、ストーリーだけでもいい。そして、問いかける。「そのストーリーに『君らしさ』はあるか」と。
U20(20歳以下)の日本代表チームの監督を務めたときの話だ。U20の代表チームはU20世界ラグビー選手権への切符を得るため、その「予選」であるジュニア世界ラグビートロフィー(JWRT)を目前に控え、毎週、個人面談をしていた。
チームの中に、抜群のコミュニケーション力でチームを引っ張るリーダー格の選手がいた。しかし、プレーのスキルは今ひとつ。そのせいでレギュラーとして定着できずに悩んでいた。面談で彼は「リーダーとしての自分を封印し、自分のプレーに専念して頑張る」と言った。
私も、「分かった」と特に反対しなかった。ところが、彼はどんどんパフォーマンスを落としていったのである。そこで私は翌週の個人面談で言った。「君の強みはコミュニケーションとリーダーシップだ。そこを封印したら君らしいストーリーは描けないよ」。その言葉に彼は得心したようだった。その日からまた元気に声を出す彼が戻ってきた。
執筆=中竹 竜二
1973年福岡生まれ。93年早稲田大学入学、4年時にラグビー蹴球部主将を務め、全国大学選手権準優勝。卒業後、渡英しレスター大学大学院社会学部修了。2001年三菱総合研究所入社。2006年早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。2007年度から2年連続で全国大学選手権を制覇。2010年退任後、(公財)日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターに就任。近著に『部下を育てるリーダーのレトリック』(http://www.amazon.co.jp/dp/4822249719)がある。
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五郎丸に影響与えた指導者の部下育成術