ニューノーマル処方箋(第64回)
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いま話題のトレンドワードをご紹介する本企画。第23回のテーマはスッキリわかる「QOL」です。言葉の意味、そしてその背景や関連する出来事を解説していきます。みなさまのご理解の一助となれば幸いです。
「QOL」とは「Quality of Life(クオリティー オブ ライフ)」の略称で、「生活の質」「人生の質」などと訳され、キューオーエルとも呼ばれます。もともとは1948年発効の「世界保健機関(WHO)憲章」にある「病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にある」という「健康」の定義を満たす状態をさします。
医療や介護では、QOL向上への取り組みを高齢者や慢性疾患患者などを中心に対して行ってきました。例えば、がん患者さんの不快な症状や治療の副作用に対し、いかに自分らしい生活を送るかを目的とし、困難を抱える患者とその家族の生活の質を改善する「緩和ケア」を行う、といった具合です。
その後、QOLの考え方は医療分野のみならず、「人が全般的にどれだけ人間らしい満足のいく生活を送っているか」を総合的に評価する概念に変わってきました。経済的な豊かさや健康状態だけでなく、精神的な充足感、社会的なつながり、自己実現など、多岐にわたる要素を含むようになってきました。さらに最近では、先ほどのWHO憲章前文の健康の定義に「満たされた」という意味で使われている「well」(よい)と「being」(状態)からなる、QOLが向上した状態を「持続する」という意味でQOLより一段進化した概念の「Well-being(ウェルビーイング)」という言葉がよく使われます。
政府は、高齢化や人口減少に伴い、一人ひとりが心身の健康状態に応じて経済活動や社会活動に参加し、役割を持ち続けることのできる「生涯現役社会」の構築に向けて、国民のQOL(生活の質)向上につとめる方針を打ち出しています。例えば、2019年からは「Well-beingに関する取組」として「満足度・生活の質に関する調査」を行い、我が国の経済社会の構造を人々の満足度(Well-being)の観点から多面的に把握し、政策運営に生かしていくことを明らかにしています。
では、先に触れた世界保健機関(WHO)憲章についても見ていきましょう。この憲章は、1946年7月22日にニューヨークで61カ国の代表により署名され、1948年4月7日より効力が発生しました。日本では、1951年6月26日に条約第1号として公布されています。
WHO憲章の前文には、有名な一節として「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます」が掲載されています。この定義は、いまも世界中で広く使われています。WHO憲章の前文は、全世界の人々が健康で幸せであるための基本的な考え方なども書かれているので、一度目を通して読んでおくことをおすすめします。以下では、健康の定義を含めた一部を少し引用してご紹介します。
「世界保健機関憲章前文(日本WHO協会仮訳)」より
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.(健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます)
The enjoyment of the highest attainable standard of health is one of the fundamental rights of every human being without distinction of race, religion, political belief, economic or social condition.(人種、宗教、政治信条や経済的・社会的条件によって差別されることなく、最高水準の健康に恵まれることは、あらゆる人々にとっての基本的人権の1つです)
The health of all peoples is fundamental to the attainment of peace and security and is dependent upon the fullest co-operation of individuals and States.(世界中すべての人々が健康であることは、平和と安全を達成するための基礎であり、その成否は、個人と国家の全面的な協力が得られるかどうかにかかっています)
The achievement of any States in the promotion and protection of health is of value to all.(ひとつの国で健康の増進と保護を達成することができれば、その国のみならず世界全体にとっても有意義なことです)
QOLが向上する、ということは、「生活の質がよくなる」ことをさします。具体的には次のような要素が挙げられるでしょう。筆者の思いつくまま挙げてみました。
QOLの向上とは
・身体的な健康
病気や痛みがなくなる/軽減する
快適に動ける、身体機能が改善・向上する(歩行能力、運動能力、体力、筋力など)
十分な睡眠や休息がとれる
・精神的な健康
ストレスや不安がなくなる/軽減する
気分が安定し、明るく前向きな気持ちで過ごせる
自己肯定感が高まり、目標をもって前向きに進める
・社会的な生活
家族や友人と良好な関係を持てる/保てる
社会や人とのつながりを実感できる
趣味や社会活動に参加できる
差別なくD&I(多様さを受け入れ生かすこと)が実現できる
・快適な生活環境
快適な衣食住が得られる
経済的な安定が得られる
安全で安心できる生活が送れる
災害など不慮の事態に十分な備えがある
これらの要素によりQOLが向上すると、単に長生きするだけでなく、満足度や幸福感をもって生きることにつながるでしょう。それは、以下のような効果をもたらすと考えられます。
QOLが向上すると...
・充実した人生を送れる
生き生きとした自分らしい人生を送れる
人生の目標や意味を見つけ、達成できる
社会に貢献しているという満足感をもてる、人や社会に感謝できる
・健康寿命の延伸
健康で活動的な期間を永く保てる
介護や医療に頼らず、自立した生活を送れる
生涯現役で社会に、やりがい・生きがいをもって貢献できる
・社会全体の活力向上
社員が健康で意欲的に活動することで、企業の生産性が向上する
人々や企業が意欲的に活動することで、社会全体の活力が高まる
1つ1つの国が意欲的に活動することで、世界全体の活力が高まる
なかなか素晴らしい状態ですね。まさに「健康」の定義にあった「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」といえそうです。この「QOLが向上した」状態が常にあれば、すべての人が「生涯現役」で生き生きと人生を歩むことができそうです。つまりそれ(「QOLが向上した」状態が持続すること)がすなわち「ウェルビーイング」です。
ここで、QOL向上よりも一歩進んだ「ウェルビーイング」を考えてみましょう。先ほどのWHO憲章の引用にも「well-being」という言葉がありました。先に触れた「QOLが向上した」状態、つまり「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」がまさにあり、しかもそれが「持続する」状態が「ウェルビーイング」です。
この言葉は、WHO憲章以降、2017年世界医師会で更新された「ジュネーブ宣言」で使われて以来、広がったとされます。これは例えば、自分が、単に「楽しい」「うれしい」といった一時的に感じるものではなく「自分らしく、生き生きと生きている」という感覚が常に持続的する状態ともいえます。
なお、ウェルビーイングは「持続可能な開発目標(SDGs)」にもつながると考えられています。内閣府の「Well-beingに関する取組」では、2019年から「満足度・生活の質に関する調査」を行ってきました。この調査は「我が国の経済社会の構造を人々の満足度(Well-being)の観点から多面的に把握し、政策運営に活かしていくことを目的とするもの」とあります。
2024年の報告書を見ると「本報告書の背景・目的」として「我が国の経済社会状況について、GDPだけでなく、満足度・生活の質に関する幅広い視点からWell-beingの動向を「見える化」することが重要である」とあります。先ほど挙げたように、国民の満足度や幸福感が高いほど、企業の生産性や社会全体の活力が高まるからです。
2019年「雇用政策研究会報告書概要」によれば、人口減少と高齢化、AIなどの技術革新による変化の中で、ウェルビーイングと生産性向上は好循環を起こす、とあります。QOLの向上は生産性向上につながる、と述べましたが、生産性が向上すればさらにQOLが向上する、という好循環を起こします。報告書ではこの好循環と「多様な人々が活躍できる社会の推進」は相互補完的な関係にある、といいます。好循環により就労機会が拡大すれば、多様な人々が職を得て活躍でき、多様な人々の活躍はダイバーシティの実現を通じて就業面でのウェルビーイングと生産性向上の好循環に寄与する、といった具合です。報告書ではこの「一人ひとりの豊かで健康的な職業人生の実現、人口減少下での我が国の経済の維持・発展」が「2040年の我が国が目指すべき姿」につながる、と結んでいます。
2024年の「第4回Well-beingに関する関係府省庁連絡会議(2024年8月9日)」の資料2によれば、「成長型の新たな経済ステージへの移行」として「誰もが活躍できるWell-beingが高い社会の実現」を唱えています。引用して一読してみましょう。
誰もが活躍できるWell-beingが高い社会の実現
需要の創出に加え、家計が可処分所得の継続的な増加を通じて成長の恩恵を実感できるよう、構造的な賃上げを社会に広げ定着させるとともに、全世代型社会保障制度を構築していく。
意欲のある人が年齢・性別にかかわらず、「人への投資」などを通じて、自由で柔軟に活躍できる社会を構築する。さらに、若者が安心して結婚・出産・子育てに取り組めるよう若年世代の所得向上を図るとともに、健康意識の向上を図り、自らのキャリア設計の下で希望に応じて働くことで生涯所得を拡大させ、潜在的な支出ニーズを顕在化させていく。
こうした「賃金と物価の好循環」や「成長と分配の好循環」の拡大・定着を通じて、希望あふれるWell-beingの高い社会の実現を目指す。
経済規模が縮小傾向にある中で、これまでのGDP成長だけを追求する施策によって経済規模の拡大をめざすのではなく、QOL向上およびウェルビーイングを見据えた施策により国民の満足度や幸福度を上げて生産性や活力を向上、多様な人々の活躍も含めて好循環を作り、将来に向けての持続可能な社会を作る、という方針はなかなか共感できます。ただし、それには、高齢者対策や家庭と仕事の充実、多様な雇用形態への対応、多様な人材の受け入れ、持続可能な開発目標(SDGs)への対応など数多くの課題解決が必要と考えられます。
企業にとっては、社員のQOL向上およびそれを持続するウェルビーイングを実現することで生産性が向上する、生産性が向上すればさらに社員のウェルビーイングに貢献できる、という「好循環」を頭に入れ、「人を大切に」「個人個人の個性や意志を生かした」企業づくりに努めましょう。なお、社員のQOL向上およびウェルビーイングに関しては、毎年更新される先述の「満足度・生活の質に関する調査」結果が大いに参考になります。この人材不足と不景気の中で、社員のウェルビーイングの実現のためには、ITによる効率化を取り入れていくのが賢いでしょう。ITツールによる自動化、各種システムの導入、セキュリティ強化など、最寄りのベンダーや相談窓口に相談するとよいでしょう。
「急がば回れ」という言葉があります。直接数字に響く生産性向上も大事ですが、今回述べたQOL向上およびウェルビーイングの「好循環」をよく踏まえ、社員の満足感、幸せを大切にしていきましょう。もちろん、人それぞれ満足や幸せを感じるところが違います。心に寄り添い、多様性を受け入れ、共に生きていく姿勢で、明日を作っていきましょう。
※掲載している情報は、記事執筆時点のものです
執筆=青木 恵美
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