ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
実はデザイン・シンキングは新しいキーワードではない。約10年前から提唱されてきたが、2014年になって日本企業でも本格的に取り組み始めた。各社がデザイン・シンキングに注目した理由は、これまでの手法では限界を感じているからだろう。既存の技術やマーケットの延長線で発想しても、もはや新しいものを生み出すことは難しい。デザイン・シンキングで優秀なデザイナーの思考法をベースにしているため、ロジカル・シンキングのような考え方とは異なり、新しい発想を生み出せる可能性が高くなる。
「米国でもこれまではデザイン・シンキングについて疑問を持つ人もいた。しかし今では、デザイン・シンキングをやるかやらないかを議論する段階ではなく、デザイン・シンキングをいつやるのかといったフェーズに移ってきている。それだけ米国企業の経営者にも認知されている」とデザイン・シンキングの本場といえる米スタンフォード大学d.schoolで教えるトーマス・ボス フェローシップ・ディレクターは言う。
日本でも最近は取引先や顧客企業と共同でデザイン・シンキングのワークショップを行い、相手のニーズを把握しながら新たなソリューション開発に結び付けようとする企業が増えた。いわばBtoBとしてデザイン・シンキングを生かすわけだ。
とはいえ、実際はそう簡単ではない。ある大手製造業がデザイン・シンキングの手法を活用し、今までにない商品を開発しようとした。生活者の使い勝手を最大限に考え、インタビューやプロトタイピングを繰り返し、新たな外観を備えた商品を企画したはずだった。ところが生産部門がプロジェクトに参加すると、流れが一変した。新たな外観を作るために新しい金型を用意しなければならず、今まで以上にコストがかかると反対の声を上げたからだ。社内で議論の末、結局は外観のほとんどを既存の金型を流用して生産。生活者の使い勝手を考えた商品の魅力が、大幅に薄れてしまった。
ある大手流通会社もデザイン・シンキングで新しいサービスを開発。生活者の意見を取り入れ、他社にないサービスとして売り出そうとした。しかし販売直前で、とん挫してしまった。「どれだけ売れるのか」と販売部門から疑問が出て、ストップがかかったからだ。生活者の声をベースにしたサービスだけに、企画担当者には売れるという自信があった。だが新しいサービスのため、明確な市場予測を示すことができなかったという。
デザイン・シンキングに向けて舵(かじ)を切る企業は、今までより格段に増えた。例えば日本IBMは2015年10月、本社内に「IBM Studio」を設け、顧客とワークショップを開催できる「場」をつくった。デザイン・シンキングで新しいソリューションを顧客と一緒に創造する「デザイントランスフォーメーション」をめざしており、デザイナーも新たに増員中だ。
このように、デザイン・シンキングの手法に関心を示す企業が増えているにもかかわらず、一方でプロジェクトが遅々として進まず、なかなか商品化に結び付かないというケースが出始めた。最大の原因は既存の経営スタイルの視点でしかデザイン・シンキングの手法を見ていないからだろう。既存の手法に限界を感じてデザイン・シンキングを採用したものの、既存の評価尺度のまま進めようとすると、途中でジレンマに陥ってしまう。
だが、そうしたジレンマを突破しようと、先進企業は積極的にチャレンジしている。各社のプロジェクトを見ると、主に2つの方向が見えてくる。1つは今までのやり方に疑問を感じた現場の社員たちが、ボランティアで草の根的にプロジェクトを組んで、ボトムアップで推進していくケース。2つ目は、今後に危機感を抱く経営者がトップダウンで実行するケースだ。そしていずれの方向にも共通する大きな課題があった。社員たちのモチベーションをどう保つかである。
ボトムアップのプロジェクトのままでは、次第に社員たちは疲弊してしまう。やる気を維持し、プロジェクトを継続させるべく、企業が支援の手を差し伸べる必要がある。そのためにはプロジェクトの内容をどう評価すべきか、企業内でどう位置付けるかが問われてくる。
経営者がトップダウンで推進しようとしても、社員たちがデザイン・シンキングの重要性や考え方を深く理解せず、経営者の意図を理解しないままスタートさせるようでは、うまくいかない。最悪の場合は社員のやる気をそぎ、モラールダウンにつながりかねない。
経営者が望む目標に到達できるよう、社員たちの能力を向上させることが不可欠なのだ。デザイン・シンキングの教科書にあるような手法でなくても、社員の創造性を高めるにはどうすべきか、新しい経営スタイルに移行するにはどんな手を打つべきかを考えながら、自社の環境に応じたそれぞれの手法で実行しているのが求められている。
執筆=日経デザイン編集部 大山 繁樹
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ビジネス課題を創造的に解決するデザイン・シンキング