システム構築のための調整力向上講座(第10回) 交渉で勝敗を争わず「ありがとう」を引き出す

コミュニケーション

公開日:2016.07.14

 プロジェクトの成功に欠かせない力の1つに「交渉力」があります。交渉は勝負ごとではなく、双方が満足できる解を共同で見つけ出す作業です。人間心理に強く働きかけるテクニックを活用すれば、交渉を円滑に進められます。

 システム構築リーダーの日々は、「交渉の毎日である」といっても過言ではありません。上司やベンダー、システム利用部門、他部門、プロジェクトチームメンバーなどとのやり取りすべてに交渉が含まれています。それらの中でも、

・プロジェクトが遅延しているときのスケジュール交渉
・当初予算に含まれない仕様追加の予算獲得交渉
・スコープ外の作業を頼まれたときの交渉

などは、特にハードな交渉の場面となります。ここでは、こうしたケースで必要となる「交渉力」について解説します。

交渉力の有無がプロジェクトの成功を左右する

 プロジェクトが置かれる状況は、「システム構築リーダーの交渉力の有無」に大きく左右されます。リーダーに交渉力がないと、無理なスケジュールや予算の下で進めざるを得なくなったり、周囲からの協力が得られなくなったりします。その結果、プロジェクトチームのメンバーはもちろん、他のステークホルダーも含めた全員を不幸にしかねない状況に陥る危険があります。

 交渉における安易な妥協は、自分だけではなくすべてのステークホルダーに不幸をもたらす原因となります。しかし、交渉相手はプロジェクト管理側の理屈が通じる相手ばかりではありません。ときには理不尽な要求を突きつけられ、これをなんとかかわさなければならないケースもあります。

 交渉と聞くと、「勝ち負け」を争う場面を想定する人が多いでしょう。交渉を勝負ごととして捉えると、「相手にいかに勝つか」「いかに自分に有利な結果に導くか」などをつい考えてしまいがちです(図1)。しかし、プロジェクトの現場においてリーダーが直面する交渉には、一方的な勝ち負けは存在しません。というよりも、勝ち負けがあってはならないのです。

 例えば、要件定義フェーズでプロジェクトのスコープを決める際、利用部門が「この機能まではどうしても入れてほしい」と主張してきたとしましょう。これに対して、システム構築リーダーであるあなたは「今の予算ではできません」と突っぱねたとします。押し問答の末、利用部門は諦めてくれました。あなたとしては、プロジェクトが予算超過になることを防ぎ、スケジュール遅延のリスクも回避できました。

 この交渉は、果たして勝った(成功した)といえるでしょうか。プロジェクトのリスクを回避できたのですから、一見、成功したように思えるかもしれません。しかし、それは表面的な見方です。交渉が成功したかどうかは「交渉相手がどのように思ったか」にかかっています。

 いくらこちらの条件を相手にのんでもらうことができたとしても、相手が「負かされた」「押し切られた」と感じていたのでは、交渉は成功したとはいえません。交渉のゴールは、相手から「ありがとう」を引き出すことです。自分にとっても相手にとっても「良かった」と心から思える状態をつくり出すことが、交渉の真の目的なのです。

 交渉は、勝負の場ではありません。交渉とは、お互いの主張を理解し、意見をぶつけ合いながら最善の解である「第三の解」を生み出すための“ 創造の場” だということを、まず認識する必要があります(図2)。

「イエス」を引き出すための6つの原理

 米国を代表する社会心理学者の1人であるロバート・B・チャルディーニ氏は、著書「影響力の武器」(誠信書房)の中で、交渉のプロが相手からイエスを引き出すために使うさまざまな戦術を、6つの原理として分類しています。それは、(1)返報性の原理(2)一貫性の原理(3)社会的証明の原理(4)好意の原理(5)権威の原理(6)希少性の原理――の6つです(表1)。

 6つのうち、人間の心理に最も強力に働きかけるのが(1)の返報性の原理です。交渉の場面において、この返報性を意識するのとしないのとでは、結果が大きく異なります。実際に、システム構築リーダーがしばしば直面する交渉の場面において、この返報性をどう活用すべきかを具体的に見ていきましょう。読者のみなさんは、こんな経験をしたことはないでしょうか。

・デパ地下で試食を勧められて応じたら、欲しくもなかった食品を買う羽目になった
・バレンタインのチョコをもらったら、小さな義理チョコであってもお返しをしないと気まずい
・誕生日プレゼントをもらったので、相手の誕生日にもプレゼントを贈った

 私たちは、無意識のうちに「他人から何かをしてもらったら、お返しをしなくてはならない」「もらいっ放しは良くない」という原理に従って生きています。これが「返報性の原理」です(図3)。この返報性の原理は人間に固有のものであり、この原理があるからこそ、社会における役割分担やサービスが発達したといわれています。

 もし、人間がこの原理を持っていなければ、会社などの組織の中で安心して働くことはできません。自分がするべき役割を果たしても、相手がそれに応じた別の役割を果たしてくれるとは限らないからです。返報性の原理があるおかげで、労力や世話といったものを人に与えても、それが無駄にはならないと安心できるわけです。

 返報性の原理は、相互に依存し合う人間社会を成立させる上で極めて重要な原理です。このため、私たちは相手に何かをしてもらったとき、すなわち相手に「借りをつくる」状況になったときに、それを負担と感じるように自然と条件付けられています。

 また、返報性の原理を破る人、すなわち「お返しをしない人」は、社会の中で評価を下げてしまいます。例えば、いつもおごってもらってばかりの人は「ケチ」だと思われるでしょうし、「恩知らず」という言葉なども返報性の原理を破った人に下される評価だといえるでしょう。裏返すと、お返しをしなければ評価が下がったり、嫌われたりするということを多くの人は理解し、恐れています。この「条件付けられた不快感」と「嫌われるかもしれないという恐れ」から、返報性の原理は強力に人の心理に働くわけです。

日経SYSTEMS/芝本秀徳(プロセスデザインエージェント)

執筆=芝本 秀徳/プロセスデザインエージェント代表取締役

プロセスコンサルタント、戦略実行ファシリテーター。品質と納期が絶対の世界に身を置き、ソフトウエアベンダーにおいて大手自動車部品メーカー、大手エレクトロニクスメーカーのソフトウエア開発に携わる。現在は「人と組織の実行品質を高める」 ことを主眼に、PMO構築支援、ベンダーマネジメント支援、戦略構築からプロジェクトのモニタリング、実行までを一貫して支援するファシリテーション型コンサルティングを行う。

【T】

あわせて読みたい記事

連載バックナンバー

システム構築のための調整力向上講座