実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ(第19回) 道具としての言葉編 矛盾のない方向付けがカギに

経営全般

公開日:2017.04.03

 実例でドラッカーのマネジメントを学ぶ連載。今回は、言葉の重要性を解説するケーススタディーの後編です。非営利組織における言葉による方向付けの大切さを紹介し、さらにそのメッセージの中に矛盾が含まれていないかチェックすることについてアドバイスします。

ドラッカーに学んだ先輩企業(13)「札幌市交通局」(後編)

 ドラッカー教授は、非営利組織の重要性に早くから目を向けていました。1990年に著した「非営利組織の経営」において、20世紀後半以降、政府とも企業とも異なる役割を社会で果たす存在として、教会や病院、学校など非営利組織の存在感が増していることを指摘しました。さらに、そこで求められるマネジメントのあり方を説きました。

非営利組織では、言葉の重みが増す

 非営利組織は一般に、営利組織と比べて収支や財政に対する意識が希薄です。そのため、顧客ニーズなどの変化への対応が遅れがちです。教授は前述の著作で、こう警告しました。

 「非営利組織のリーダーたる者は成長することを知らなければならない。……(中略)……組織としての勢い、柔軟性、活力、ビジョンを失ってはならない。さもなければ組織は硬直化する」

 このような非営利組織の課題は、政府などの公的機関にも当てはまります。両者には、収支などへの意識が薄く、組織が硬直化しやすいという共通点があります。自動車販売店という営利企業から、市役所という公的機関に転職した田畑さんが覚えた違和感の根本的な原因は、ここにあります。前例踏襲は、硬直化した組織に現れる典型な症例です。

 非営利組織に成長する活力を生む道具として、ドラッカー教授が重視したのはミッションです。数値的な基準によるマネジメントが難しい中で、言葉を使った組織の方向付けに対して、営利組織以上にしっかり取り組まなければならないと考えたのです。

 ミッションとは、自分たちが「何のために、何をやるか」を、明らかにする言葉です。組織を改革しようとするとき、幹部がモチベーションアップのスキルやコーチングなどについて学ぶのも有効でしょう。しかし、これらは「どうやってやるか」を示すノウハウにすぎません。

 営利、非営利を問わず、組織をマネジメントするには、「どうやってやるか」を考える前に、「何のために、何をやるか」を、明確にしなければなりません。その意味で、幹部が使う言葉の定義付けは重要です。特に「成果」や「貢献」といった言葉を、どのような意味で使うかは、メンバーにとって「自分たちが何をやるべきか」という認識に直結します。

指揮命令ではなく方向付けがポイント

 これまでに何度か紹介した通り、ドラッカー教授の「成果」の定義は「外の世界に起きる変化」であり、「顧客に起こる変化」です。このような認識を、読書会を通じて共有した結果、札幌市交通局という組織は劇的に変わったのです。田畑さんは、教授の次の言葉に感銘を受けたそうです。

 「組織の焦点を使命に合わせ、戦略を定め、実行し、目標とすべき成果を明らかにする人間が必要である。このマネジメントには大きな力が付与される。しかし、知識社会におけるマネジメントの仕事は、指揮命令ではない。方向付けである」
(「ポスト資本主義社会」)

 指揮命令に頼らないマネジメントに必要なのは、組織の方向性を明らかにすること。これもまた、営利、非営利を問わず、あらゆる組織に共通する原理です。

 理念や社訓、行動規範などを明文化している組織は少なくありません。しかし、その運用はおろそかにされがちなようです。

 ある会社で応接室に、先代経営者が定めた次のような社訓が掲げられていました。「目先の利益を追うより、お客様を喜ばせよう」

 一方、その会社では、先代の後を継いだ経営者が、歩合重視の給与制度を採用していました。一般論として、歩合は「目先の利益」を重視する仕組みでしょう。社訓と給与制度が発する会社のメッセージの矛盾に、社員が混乱してはいないでしょうか。同じような話は多くあり、「チームワーク重視」という行動規範を掲げる会社で、「個人別成績グラフ」が壁に貼られていたりします。

 組織のリーダーが本気で、理念や行動規範をメンバーと共有したいのなら、矛盾するメッセージを現場に発信していないか、丁寧に振り返る必要があります。

 そこでお勧めしたいのが、理念や行動規範のキーワードの定義を明らかにすることです。例えば、前述の会社で、経営者が「社訓にある『目先の利益』とは、何を意味するか」を、社員に問いかけたら、どんな議論が起きるでしょうか。

 「『目先の利益』を完全に否定はできない。会社が潰れてしまう」「会社の存続の危機にあるときには、例外が許されるのではないか」「いやいや、社訓の言う『目先の利益』とは、そもそも……」そんな議論を経ることで、自分たちの組織におけるキーワードの意味が浮き彫りになります。さらに連帯感も生まれます。田畑さんが実感した〝言葉がそろう〞とは、こういうことです。

【あなたへの問い】
■あなたの属する組織の理念や社訓、行動指針を思い出してください。

<解説>
・それに反する制度や仕組みが組織の中にあるとすれば、何ですか?
・あなたの属する組織の理念や社訓、行動指針の中で、最も重要なキーワードは何ですか?
・そのキーワードを、自分なりに定義するとどうなりますか?

日経トップリーダー 構成/尾越まり恵

執筆=佐藤 等(佐藤等公認会計士事務所)

佐藤等公認会計士事務所所長、公認会計士・税理士、ドラッカー学会理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会としてドラッカーの「読書会」を北海道と東京で開催中。著作に『実践するドラッカー[事業編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズがある。

【T】

あわせて読みたい記事

  • 知って得する!話題のトレンドワード(第22回)

    ポイント解説!スッキリわかる「イクボス」

    業務課題 経営全般

    2025.02.04

  • 税理士が語る、経営者が知るべき経理・総務のツボ(第110回)

    厳しさ増す消費税調査、AI導入と体制見直しが影響か

    業務課題 経営全般資金・経費

    2025.01.16

  • 中小サービス業の“時短”科学的実現法(第26回)

    業務を抜本的に見直して労働生産性を向上

    業務課題 スキルアップ経営全般

    2025.01.07

連載バックナンバー

実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ