実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ(第11回) 顧客の現実を知る編 技術に自信ありのわなを脱する

経営全般

公開日:2016.08.01

 企業は、商品やサービスの提供を通じて「顧客のファン化」をめざす。ドラッカーはそういう一方的な目線をしてわなや幻想であると諭している。顧客が購入しているのは商品やサービスや技術ではなく、満足であると語る。今回は美容院という技術とサービスを提供する仕事を例に、顧客満足の正体を追究した経営者の手法を紹介する。

ドラッカーに学んだ先輩企業(8)「BALANCE.」

●ドラッカーの言葉
「企業が売っていると考えているものを顧客が買っていることはまれである。(中略)顧客は、満足を買っている。しかし誰も、顧客満足そのものを生産したり供給したりはできない。満足を得るための手段をつくって引き渡せるにすぎない」

(『創造する経営者』)

〈解説〉顧客満足という言葉を知る人は多い。しかし満足の正体を見極めようとする人は少数だ。多くの人が「売りたいもの」から議論を始めて、顧客を探している。それでは結局のところ売れない。顧客が「買うもの」は、顧客にとって手段にすぎない。その先にある顧客の真の目的に目を向けなければならない。そのスタートになるのが、自社にとっての顧客を特定し、顧客の現実に目を向けることだ。

 得意の絶頂期に、思いがけない落とし穴が待っていた。

 BALANCE.(バランス/岡山県倉敷市)の才野裕識(ひろのり)社長は、もともと腕に自信のある美容師。2006年に独立して自分の店を持った。それから5年後、日本最大級の美容師コンテストにノミネートされ、自信を深めていたさなか、5人いた社員全員から退職の申し出を受けた。慌てて引き止めたが、結局4人が店を去った。

 「美容師にとって重要なのは、何より技術を磨くこと。自分が大きな賞を取れば必ず、お客さんもスタッフも喜んでくれると信じていた」と、当時を振り返る。

 自分1人の受賞をめざしていたわけではない。将来は社員も賞を取れるようにと考え、技術面の教育に力を入れてきた。だが、肝心の社員の心が離れていた。

 自分は何か重大な間違いを犯したのだろうか――。最初は去った社員を責める気持ちが強かった。しかし、やがて自分の内面の問題に思い至った。「最初に美容師を志したのはひとえに、お客さんを喜ばせたいという思いからだった。しかし、忙しく日々の仕事をこなすうち、その思いが薄れていた」。

顧客を見ていなかった

 そんなとき、たまたまドラッカーを学ぶ経営セミナーの案内を目にした。美容師としての勉強は多くしてきたが、経営については勉強したことがない。一から経営を学んでみたいと思って参加した。

 「顧客にとっての関心は、自分にとっての価値、欲求、現実である」

 ドラッカーのこの言葉にセミナーで出合い、才野社長はハッとした。顧客を喜ばせたくて美容師になったはずなのに、顧客について真剣に考えたことがなかった。

 「カットをするとき、お客さんの要望などはほとんど聞かず、いつも自分の考える『理想の髪型』に仕上げていた。それで喜ぶお客さんなんていない」と気付いた。

 顧客を喜ばせるには、まず顧客の「現実」を知らなくてはならない。顧客の現実とは、その人が見ている景色であり、直面している課題。それさえ知れば、おのずと顧客の「欲求」が分かり、その顧客にどんな「価値」を提供するべきかが見えてくる。そんな考え方をセミナーで教わった。

 店に戻って、顧客の現実を知るために始めたのが、女性ファッション誌の分析だ。

 女性ファッション誌はそれぞれ、読者ターゲットを明確に定めている。読者の年代や独身か既婚かといったライフスタイルの違いに合わせて、記事の内容はもちろん、そこで紹介する洋服や生活雑貨なども決めている。だから、複数の女性誌を読み比べれば、ライフスタイルによって異なる顧客の現実が見えてくるはずだと考えた。

雑誌の分析で突破口開く

 新しく採用した社員などと分担して、読者層の異なる女性誌を約10誌、熟読。既存顧客のイメージに一番合う雑誌を特定した。

 それは、子育てをしながら働く女性をターゲットにした雑誌だった。カット技術に定評があった才野社長の店には、ワーキングマザーが多く集まっていた。

 では、彼女たちが直面している現実とは、どのようなものか。その雑誌に特徴的だったのは、家事の時短やバスタイムを楽しくする記事が目立ったこと。仕事と家事、育児に追われて忙しい中で、わずかに残された自分の時間を大切にしている姿が浮かび上がった。

 そんな女性たちは、何を求めて美容室に来るのか。「ただ髪を切るために来ているわけではない。髪を切るのはあくまで手段。その背後には癒やしを得るとか、きれいになった自分の姿を見て自信を取り戻すといった、本来の目的がある」と、才野社長は考えた。では、そんな顧客の欲求を満たすため、どんな価値を提供すればいいのか。

 ここまで議論を掘り下げると、顧客満足を高めるための新しいサービス案が、社員たちから次々に出てきた。

 例えば、シャンプーを複数用意して、顧客が自分の好きな香りのものを選べるようにする。あるいは、頭のツボを示す図を見せながら、肩こりなどの症状に合わせて、重点的にマッサージする場所を決めるといった具合だ。

 こうしたサービスが好評を博し、顧客のリピートや紹介が増えた。「スタッフが生き生きしていて、元気がいい」と、接客を評価する声も聞かれるようになった。

 顧客の現実に開眼してから約2年。今期の売り上げは前期比40%増と、好調に推移している。

日経トップリーダー 構成/尾越まり恵

【あなたへの問い】
■あなたの会社の商品やサービスを提供することで、お客様にどんな変化を起こしたいと思いますか?

〈解説〉この問いを経営者に投げかけると、多くの人が「私たちのファンになってくれること」と答えます。しかし、あなたが何かのお店を初めて利用するとき、「帰るときに、この店のファンになっていたらいいなあ」と考えてドアを開けるでしょうか。ここに、企業目線の落とし穴があります。真の顧客目線で見たとき、自社の商品やサービスを通じて、どんな変化があったらうれしいのか。今一度、自社に置き換え、考え直してみてはいかがでしょう。(佐藤 等)

次号:実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ(第12回)
何を測定するか編 褒め言葉を数えてやる気アップ」2016年9月1日公開

執筆=佐藤 等(佐藤等公認会計士事務所)

佐藤等公認会計士事務所所長、公認会計士・税理士、ドラッカー学会理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会としてドラッカーの「読書会」を北海道と東京で開催中。著作に『実践するドラッカー[事業編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズがある。

【T】

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