ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
実例でドラッカーのマネジメントを学ぶ連載。今回は、言葉の重要性を解説する。一般企業から非営利組織に転じて、その風土の違いに戸惑いながらも変革に取り組んだマネジャーの経験を通して、経営における言葉の有効性を紹介する。
●ドラッカーの言葉
経営管理者は人を操ろうとしてはならない。1人ひとりの仕事について、動機付けし、指導し、組織しなければならない。そのための唯一の道具が、話す言葉であり、書く言葉であり、数字の言葉である。
(『現代の経営[下]』)
<解説>指示命令で人を動かす時代は終わった。知識社会におけるマネジメントとは、指示命令に代わる方法で人を動かすことである。属人的なカリスマ性によってリーダーシップを発揮するのではない。組織にとっての使命や成果、戦略や目標などを明確に定めることで人を方向付け、リードするのである。使命や目標は言葉や数字にすぎないが、組織にとって決定的に重要であり、知識社会におけるリーダーシップの発生源である。
田畑祐司氏は、大学卒業後に2年ほど自動車販売店で営業職を経験した後、1982年に札幌市役所に転職し、交通局に配属された。札幌市交通局は、市営地下鉄3路線と、路面電車1路線の運営管理を担う。加えて当時は、市営バスの運行も手掛けていた(2004年3月、全路線を民間に移管)。
市役所という非営利組織の風土は、以前に勤めていた民間企業とはまったく違った。職員の間では、失敗を避けるため、前例通りに仕事をしたがる傾向が強く、違和感を覚えた。
田畑祐司氏。自動車販売店勤務を経て、札幌市役所に転職した(写真/花岡俊吾)
「市役所職員の仕事は本来、市民の生活を豊かにするためにあるはず。なぜもっと、地下鉄や路面電車の利用者のことを考え、利便性を高める創意工夫をしないのか」
そこでまず、自ら行動することにした。業務改善の提案を積極的に行い、実現していった。例えば、03年、札幌市の市営バス運転手による酒気帯び運転や、地下鉄乗務員の居眠り運転が相次いで発覚し、地元で問題になった。田畑氏は「安全対策で先行する事業者に学ぶべき」と、上司に進言。JR北海道(北海道旅客鉄道)のほか、東京メトロ(東京地下鉄)や首都圏の私鉄数社を視察するため、出張した。
そこで得た知見から、乗務員の呼気にアルコールが含まれていないかを確認する、アルコールチェッカーを導入。さらに地元の専門医と提携して、乗務員に睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検診を受けさせるといった取り組みを、他の地方自治体などに先駆けて推進した。
ただ、田畑氏の一番の狙いは、職員の意識を変えることにあった。部下や同僚が刺激を受けて自分と同じように積極的に動くことを期待していた。だが、その効果は薄かった。
どんな言葉で説明すれば、自分の考えが、部下や同僚に伝わるのだろうか――。そう悩んでいた直後の11年、知人に誘われてドラッカーの著作の読書会に参加した。そこで初めてドラッカーの言葉と出合って驚いた。「今まで自分が漠然と考えていたことが、体系的にはっきりと表現されていた」からだ。
例えば、ドラッカーは「組織の良否は、そこに成果中心の精神があるか否かによって決まる」(『マネジメント[中]』)と説く。さらに、「組織の中に成果は存在しない。すべての成果は外にある」(『経営者の条件』)という。
役所の中での評価を気にして挑戦を避けるのでなく、役所の外にいる市民のことを考えてほしい。そんな自分の思いを、明快に代弁してくれている気がした。
そこで13年から、交通局内の有志を集めて、ドラッカーの読書会を始めた。最初の参加者は18人。月2回のペースで開き「経営者の条件」を5カ月かけて読了した。これが好評で、その後も継続して開催。やがて参加者は30~40人に増えていった。すると、組織に変化が起こった。
「最大の変化は、職員たちの“言葉がそろった”ことだ」と、田畑氏は表現する。ドラッカーがよく使う「成果」や「貢献」「強み」といった言葉を職員たちが、日常の仕事の中で当たり前のように口にするようになった。さらに、成果について真剣に考え始めた職員たちの間で、「利用者のため、自分に何ができるのか?」「どうしたら利用者により喜んでもらえるだろうか?」という会話が自然と交わされるようになり、業務改善の提案が活発化した。職員たちの目が外を向き始めた。
例えば、ある若い職員からはこんな提案があった。「夏の花火大会の開催日、駅構内に、無料で浴衣の着付け直しができるコーナーをつくりたい」。毎年、花火大会当日には多くの人が地下鉄を利用する。混雑する車内で、せっかく着付けた浴衣が着崩れしてしまう。そんな利用者のために何かできないかと考えたアイデアだった。
だが、実現には多くのカベがあった。誰が着付け直しをするのか、どこでやるのか、その場所の利用許可をどうやって得るのか……。以前の職員たちなら、諦めていたかもしれない。しかし、このときは違った。
「地元の着付けスクールにツテがあるから、自分が依頼の交渉をする」「駅構内のあのスペースを管轄している部署に知り合いがいる。だから、私が利用の申請に行く」など、それぞれが自分にできることを見つけて、積極的に動き始めた。
こうして、14年の花火大会から着付け直しのサービスが実現。市民から好評を博し、翌年以降も継続している。
花火大会の開催日に、浴衣の着付け直しができるコーナーを地下鉄の駅構内に開設。好評だ
「『公務員1人にできることには限界がある』と、自分の仕事を線引きして諦めていた職員が、『自分の力でできることがある』と思えるようになった」(田畑氏)
田畑氏は、09年から5年間、札幌市交通局の高速電車部長として、約400人の職員を率いた後、15年、札幌市交通事業振興公社の常務理事に転じた。主宰する読書会の評判が広がり、その後、北海道庁の職員向けにも読書会を開くなど、活動の幅を広げている。
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵
執筆=佐藤 等(佐藤等公認会計士事務所)
佐藤等公認会計士事務所所長、公認会計士・税理士、ドラッカー学会理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会としてドラッカーの「読書会」を北海道と東京で開催中。著作に『実践するドラッカー[事業編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズがある。
【T】
実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ