オフィスあるある4コマ(第63回)
声の大きな社員
いま話題のトレンドワードをご紹介する本企画。第31回のテーマはスッキリわかる「退職代行」です。退職代行サービスの仕組みと利用が広がる理由、企業が受け取った際の正しい対応、そして組織づくりに生かす視点を解説していきます。みなさまのご理解の一助となれば幸いです。
退職代行とは、退職を希望する社員本人に代わって、雇用先へ退職の意思を伝えるサービスです。上司からの引き止めやハラスメントなどの職場環境を理由に、自ら辞意を伝えることが難しい社員も少なくありません。精神的な負担が大きく、直接会社とやり取りすることなく退職手続きを進めたいと考える人にとって、有効な手段となっています。
退職代行の利用者には、周囲への配慮や責任感から退職を切り出せず、1人で悩みを抱え込んでしまっている人も少なくありません。職場への申し訳なさや自責の念を抱えながら、相談できる相手がいないまま心身に負担を感じ、最終的に弁護士や労働組合などの専門家へ相談するケースもあると考えられます。
一方で、企業にとって退職代行を利用されたという事実は、自社の組織風土やマネジメントの課題を見直す重要なサインともいえます。社員が「辞めたい」という意思を安心して伝えられる環境が整っているか、心理的安全性が確保されているか。社員が孤立しやすい組織構造になっていないかを点検し、改善につなげる契機と捉える視点が求められます。
退職代行サービスは、2010年代後半に認知されるようになりました。SNSやインターネットメディアで退職代行サービスが取り上げられると、「会社を辞めたいのに辞められない」という悩みを抱える人々の間で利用が広がっていったといわれています。
こうした背景には、働き方に対する価値観の変化もあります。かつては「長時間労働」や「休みがとれない」といった労働環境の悪さが問題視されていました。近年では、「過度な成果主義への重圧」「上司による育成・支援の不足」「本音を言えない職場環境」など、「心理的安全性」という観点の欠如に起因する組織課題への関心が高まっています。
一方で、正社員という期間の定めのない雇用契約を結んでいる場合、民法第627条により、退職の申し入れから原則2週間で雇用契約を終了できるとされています。しかし実際は業務の引き継ぎや人員体制への配慮などから、退職を言い出しにくいと感じる職場もあります。
退職代行サービスは、運営主体ごとの役割や法的な業務範囲で、大きく3種類に分類されます。
●民間企業型
一般企業が運営するタイプで、費用は比較的安価です。ただし、法的な交渉権限がないため、本人の退職意思を会社へ伝える役割に限定されます。有給休暇の取得や退職日の調整など、会社との交渉を行うことは弁護士法に抵触するおそれがあるため、注意が必要です。
●労働組合型
労働組合が運営、または民間企業と労働組合が提携して提供するタイプです。費用は民間企業型と弁護士型の中間程度とされ、団体交渉権に基づき、有給休暇の取得や退職日の調整などについて会社と交渉できます。費用と対応範囲のバランスの良さから、利用が増えているといわれています。
●弁護士型
弁護士法人などが運営するタイプです。費用は比較的高額ですが、法律の専門家として退職意思の伝達だけでなく、未払い残業代や退職金の請求、損害賠償への対応など、法律上の代理業務まで一括して依頼できます。会社との間で法的なトラブルが予想される場合には、有力な選択肢となります。
退職代行には主体の異なる3種類のサービスが存在し、それぞれ法的に認められる業務範囲が異なることを、企業側も理解しておく必要があります。
企業が退職代行サービスから連絡を受けた場合は、まずは運営主体と本人意思を確認、法令に基づいて冷静かつ適切に手続きを進めることが重要です。主な対応のポイントは以下のとおりです。
1.初動対応:運営主体の確認と本人意思の確認
まず、連絡してきた退職代行業者の運営主体を確認しましょう。運営主体によって、業者が行える業務範囲や、企業側が交渉に応じる必要性が異なるためです。また第三者によるなりすましやいたずらなどのリスクも考慮し、代行業者を通じて、本人の意思に基づく依頼であることを確認することも重要です。必要に応じて、委任状や本人確認書類の写しなどの提示を求めることも検討しましょう。
2.交渉への対応:非弁行為への注意
民間企業が運営する退職代行業者が、有給休暇の取得や退職日の調整などについて会社と交渉を行うことは、弁護士法に抵触する可能性があります。民間業者から交渉を求められた場合は、法令上対応できない旨を伝え、必要に応じて本人からの直接連絡、あるいは労働組合や弁護士を通じた対応を求めることが適切です。
3.法的ルールの順守:退職時期と有給休暇
正社員の場合、就業規則に「1カ月前までに申し出る」などの規定があっても、退職の申し入れから原則2週間が経過すれば、会社の承諾がなくても雇用契約は終了できます。退職を予定している社員の有給休暇についても、原則として取得が認められます。
なお、契約期間の定めがある有期雇用契約については、民法第628条により、契約期間中の退職には「やむを得ない事由」が必要となるため、正社員とは取り扱いが異なるので注意が必要です。
4.備品回収と事務手続き
社員証や健康保険証、PCなどの備品については、郵送や宅配便などでの返却を依頼します。離職票や源泉徴収票の発行、社会保険資格喪失手続きなどは企業に課された法的義務であり、郵送などを活用しながら円滑に手続きを進める必要があります。
5.禁止事項とリスク回避
本人が退職代行業者を通じた連絡を希望している場合、電話や自宅訪問などの直接的な接触は避けたほうが賢明です。ハラスメントや損害賠償請求などの法的トラブルに発展するおそれがあるためです。本人の確認が必要な場合には、退職代行業者を通じて連絡するか、郵送でやりとりするなど、事務的な対応を心掛けましょう。
退職代行サービスの利用は、企業にとって突然の出来事となり、管理側が動揺を覚えるケースも少なくありません。しかし、感情的に対応することなく、各サービスの特性を理解し法令に基づいて冷静かつ適切に対応することが、不要なトラブルを防ぎ、企業と社員双方にとって円滑な関係維持につながります。
退職代行を利用されたという事実は、企業にとって「社員が本音を言えない職場環境」や「マネジメントの課題」を見直す重要な機会と捉えられます。単なる退職手続きとして終わらせるのではなく、組織改善につなげる視点を持つことが、今後のマネジメントの質を高めます。
退職代行サービスを利用された企業、あるいは将来的な利用リスクを低減したいと考える企業もあるでしょう。そうした企業にとって重要なのは、上司1人への依存を見直し、心理的安全性の高い、多面的なコミュニケーションネットワークを構築することです。
主なポイントは次のとおりです。
1.マネジメントのあり方を見直す(上司依存からの脱却)
コミュニケーションが特定の上司1人に過度に依存している組織では、問題が表面化しにくくなる傾向があります。また現場の管理職は、多忙さやハラスメントへの過度な警戒などから、部下への育成支援やフォローに十分な手間や時間を割けないケースも少なくありません。管理職が本来のマネジメント業務に取り組めるよう、業務負荷の見直しやマネジメント研修の充実が求められます。近年は離職理由が心理的な要因へと変化する傾向があり、結果だけの評価ではなく、プロセスへの支援や評価基準の透明性を高めることも重要です。
2.「網の目」のような相談ネットワークを構築する
職場でキャリアや仕事上の悩みなどを話せる複数の相談相手を持つことは、社員の孤立防止や離職抑制につながる可能性がありまます。上司だけに相談を集中させるのではなく、メンター制度や部門横断プロジェクト、人事部門による定期面談など、多様な相談窓口を整備することが重要です。社員を「網の目」のような多面的な人間関係の中で支えるという発想が、孤立を防ぎ、退職代行に頼らざるを得ない状況の予防にも役立つでしょう。
3.心理的安全性を確保し、本音を伝えられる環境をつくる
社員が自分の考えや退職の意思を伝えても、不当に非難されたり不利益を受けたりしないと安心できる、心理的安全性の高い職場環境づくりが求められます。退職手続きの流れをガイドラインとして明文化し、不当な引き止めを行わない方針を組織として共有することも、従業員の安心感につながります。結果として円満な退職だけでなく、将来的なアルムナイ(退職者)採用など、企業との良好な関係の維持にも寄与します。
4.法令順守を徹底する(コンプライアンス)
「辞めさせない」「辞められては困る」といった対応そのものが、結果として退職代行の利用につながる場合もあります。従業員の退職する権利を尊重する組織文化の醸成が重要です。法令を正しく理解し、公正な手続きを徹底する姿勢は、不要なトラブルを防ぐだけでなく、社員との信頼関係の維持にもつながります。
退職代行を利用されたという事実、あるいは利用される可能性を、単なる一過性の出来事ではなく、自社の組織体制やマネジメントを見直すきっかけとして生かしたいものです。従業員が安心して本音を伝えられる組織づくりを進めることは、離職防止だけでなく、企業の持続的な成長と組織価値の向上にも寄与するでしょう。
※掲載している情報は、記事執筆時点のものです
執筆=青木 恵美
長野県松本市出身。独学で始めたDTPがきっかけでIT関連の執筆を始める。書籍は「自分流ブログ入門」「70歳からはじめるスマホとLINEで毎日が楽しくなる本」など数十冊。Web媒体はBiz Clip、日経xTECHなど。紙媒体は日経PC21、日経パソコン、日本経済新聞など。現在は、日経PC21「青木恵美のIT生活羅針盤」、Biz Clip「IT時事ネタキーワード これが気になる!」「知って得する!話題のトレンドワード」を好評連載中。
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