MIT×デロイトに学ぶ DX経営戦略(第5回) テクノロジーの正しい用途は、1つではない

業務課題 デジタル化経営全般

公開日:2021.11.08

 デジタル戦略とは、持続可能な競争優位に導くようなやり方で、変化する環境に組織を適応させることである。

 「アフォーダンス」というアカデミックな概念は、デジタル戦略のこの先を見越した視点にとって好都合だ。アフォーダンスとはもともと心理学の分野でジェームズ・J・ギブソンが提唱した概念で、人間またはその他の動物が周囲の環境と相互作用できることを意味する。アフォーダンスは、動物や環境を互いに分離したものとして扱うのではなく、緊密に絡み合ったものとして扱う。環境が動物の採れる行動を決定し、動物(特に人間)は、その行動能力を変えるような方法で、環境を変えることができる。例えば、電球の主要なアフォーダンスは、人間が夜間に物を見られるようにする力だ。このアフォーダンスは一方で、別の動物の行動、特に夜行性動物の行動を制限する。

 後年、アフォーダンスの概念は、人とテクノロジーの相互作用を説明するために、コンピュータ科学と情報システムの分野で取り上げられた。情報技術は、その技術がなければ不可能だった行動を可能にする機会を生み出し、特定の環境における人間と組織の行動を変化させた。この場合もやはり、アフォーダンスの視点は、人間と情報技術が根本的に深く絡み合っていることを示す。テクノロジーが人間と組織の実行可能な行動を変えるだけではなく、人間と組織によるテクノロジーの利用方法が、実際にテクノロジーの影響を変えるのだ。

 最近になって、この視点は組織レベルにまで広がってきた。テクノロジーは、それが用いられる組織の環境を変化させることができ、一連の新たなアフォーダンスを可能にする。企業が新たなデジタルアフォーダンスを学び採用するに従い、組織はそれに応じて変化する必要があるだろう。デジタル戦略に関してアフォーダンスの視点が主に示唆するのは、テクノロジーの特徴から、人と組織の新たな戦略的行動をテクノロジーがいかに関わらせることができるか、へと焦点が移るということだ。

ダクトテープに学ぶデジタル戦略

 根本的には、テクノロジーを所有し用いるだけではビジネスに優位性をもたらすには不十分だということを、アフォーダンスの視点は示唆する。これは一見明白に思われるかもしれないが、そうではないかのごとき組織の行動が多くて驚かされる。最新のテクノロジーを導入するだけで事業展望が良好になると、彼らは考えているのだ。あるいは、テクノロジーの可能性から恩恵を受けるためには組織の変化が必要になるのだが、その変化を起こす時間やリソースを投入せず、テクノロジーの導入だけに全労力をつぎ込んでいるのだ。

 複数の機能を持つ非デジタル物体の格好の例は、「ダクトテープ」だ。ダクトテープは1940年代に、ジョンソン・エンド・ジョンソン社の科学者によって開発された。戦時中のさまざまな用途に対応できるように、耐久性と柔軟性を備えたテープを開発することが目的だった。もともとの色はアーミーグリーンで、撥水(はっすい)加工を施してあったことから、アヒル(ダック)にかけて、ダックテープと呼ばれていた。第二次世界大戦後、金属のダクト(導管)をまとめるなどの用途で、建築工事に使われるようになった。その後、テープの色は灰色になり、「ダクトテープ」という名称に変わった。

 ダクトテープが民間で利用され始めたばかりの頃は、文字通りダクトを密封するために使われていたが、今では驚くほど多様な用途で知られている。例えば衣類の装飾品として、財布を作る材料として、宇宙飛行の問題解決のために使われ、ベトナム戦争時にはヘリコプターの回転翼を固定させるために使われたりした。水を運ぶ容器を作るためや、さらにはイボの治療など、ほかにも実にさまざまな用途がある。ダクトテープの〝正しい〞用途は1つしかないと断定するのはバカげたことだ。必要性と興味次第でいろいろな使い道が見つかる。

 これと同じように、特定のテクノロジーの〝正しい〞用途が1つしかないと断定するのは、やはりバカげたことだ。デジタルの世界でダクトテープに相当する1つの例としては、ツイッターが挙げられるだろう。企業はこのプラットフォームに対し、自らのニーズに応じて、驚くような使い方をするようになった。中には、自分たちのコンテンツを広める手段としてツイッターを使う企業もある。また、ビジネスインテリジェンスツールとして利用している企業もある。さらに、アメリカでは、ツイッターが政治ツールとしても浮上するのを私たちは目の当たりにしている。

 すべてのテクノロジーがツイッターのように多種多様な戦略的アクションを取れるわけではないが、ここで重要なのは、事業目標を支援するテクノロジーの〝正しい〞使用方法は複数ある、ということだ。従って、ツールやプラットフォームがどのように自分たちの役に立つのか見つけることが、組織にとっての課題となるだろう。

 隠れたアフォーダンスを見つけるアフォーダンスの視点が組織のテクノロジーについてもう1つ示唆しているのは、テクノロジーが持つとされる戦略的意味合いは一目瞭然ではない可能性があるという認識である。デジタル成熟度を高める道のりは、テクノロジーと組織の環境が時間とともに相互に影響する反復的プロセスであり、直線的な前進ではない、ということである。

 テクノロジーはそれまでと異なるやり方で働く機会を生み出し、異なる働き方は、テクノロジーを業務プロセスに注入する新たな機会を生み出す。ビジネスの優位性のために新しいテクノロジーをいかに使えばいいか、こうした活動の新たな可能性を促進するためにそのプロセスと構造をいかに適応させたらいいか見つけ出すには、組織に時間が必要になることが多い。

やみくもに走らず、歩こう

 私たちの調査によれば、デジタル戦略の目標は成熟の段階によって異なる。初期段階の企業は主に、顧客サービスと顧客エンゲージメントの向上を重視する。これらに加えて、発展段階の企業はイノベーションとビジネスにおける意思決定を重視する傾向にある。

 一方、成熟段階の企業は、こうした戦略目標に事業変革が加わる傾向が強い。実のところ、最高のデジタル成熟度に達すると、このすべての目標が関わるようになる。こうした調査データからいくつか読み取れることがある。

 1つ目は、テクノロジーを用いて走る前に歩けるようになる必要がある、ということだろう。顧客サービスの向上と効率化という基礎をまだ習得していないならば、初期段階の企業がいきなり事業変革に取りかかろうとしてはいけない。基礎に重点的に取り組むことで、組織はテクノロジーを活用できるようになり、その影響を最大限にするために必要な組織的変化を起こせるようになる。

 2つ目は、成熟レベルは漸進的に高まるのではなく、種類が違うのかもしれないということだ。成熟段階の企業は、初期や発展段階の企業とは著しく異なる方法で機能する。次の段階に進むためには、デジタル的な取り組みが得意になるだけでは十分ではないのかもしれない。成熟の次の段階に達するには、企業はこうした取り組みに対してそれまでとは違うアプローチが必要になるのかもしれない。現段階に到達するためにしたことと同じことをしても、次の段階に行けるわけではない。

 3つ目は、デジタルに成熟している企業と成熟していない企業との差は大きく開いていく、ということだろう。もっとも成熟した企業はなお、異なるやり方でその優位を利用しようとしている。デジタルトランスフォーメーションに至る本当の道は、企業が成熟段階に達した時点で、ようやく始まるのかもしれない。

 確かに、デジタルに成熟している企業は成熟していない企業と比べて、戦略について異なる考え方をする。初期段階の企業は、デジタルビジネスについて何か行動を起こすよりもそれについて論じるほうが多い、と調査で回答した。発展段階の企業においては、デジタル戦略は中核事業にほとんど影響を及ぼさない単発構想と見なされているという。これと対照的に、デジタルに成熟している企業は、デジタル戦略は組織のビジネス戦略の中核をなす、ときっぱり回答した。

 この回答によって、何年にもわたる研究の中、調査を通じて明らかになった私たちのテーマは、さらに継続する。デジタル戦略とは、組織が同じ方法でもう少し効率的にビジネスを実践できるように、新しく構想を練ることではない。むしろ、組織の内外のあらゆるビジネストレンドを踏まえて、いかにビジネスを実践するか根本的に再検討すること、新しいサービスや収入源、社員と触れ合う方法を見つけることを意味する。

執筆=訳者=庭田 よう子

翻訳家。慶應義塾大学文学部卒業。おもな訳書に『目に見えない傷』(みすず書房)、『ウェルス・マネジャー 富裕層の金庫番』(みすず書房)など。

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