五郎丸に影響与えた指導者の部下育成術(第8回) マニュアルはポリシーを伝える道具、その裏を読む

人材活用

公開日:2016.07.13

ラグビーワールドカップの大活躍で話題となった五郎丸歩選手。選手として基礎を固めた早稲田大学ラグビー蹴球部時代の監督が中竹竜二氏だ。五郎丸選手は、今でも影響を受けた指導者として中竹氏の名前を挙げる。中竹氏に結果を出す部下への指導法を学ぼう。

 今回の「部下に気づきを与える」言葉は、若手を育てる際に役立つものだ。上司はマニュアルを作って業務の効率化を促す。一方で、部下は上司に倣って仕事をしようとする。ただし、マニュアルに従うだけでは成長は持続しない。部下の成長を願うならぜひタイミングよく部下にささやきたい。

 「教本は裏を読もう」。ラグビー選手を指導するとき、よく言うのがこの言葉だ。教本には標準的に優れたプレーが書いてある。パスはこう、スクラムはこう、と。

 ビジネスでは、教本というよりはマニュアルという名称のほうが一般的だろう。マニュアルというと、小売業やサービス業の接客マニュアル、クレーム対応マニュアルなどをイメージしがちだが、経理処理マニュアル、社内イントラネット使用マニュアル、新規開拓電話マニュアル、顧客プレゼンテーションマニュアル、企画書作成マニュアルなど、企業には実にさまざまなマニュアルが存在し、やはり標準的に優れた手順が記されている。

マニュアルをうのみにすると進化がなくなる

 標準的に優れたプレーや行動とは、つまり「What(何を)」「How(どのようにやるか)」である。米国で活躍する著名な著述家、サイモン・シネック氏が提唱するリーダーシップモデル「ゴールデン・サークル」をご存じだろうか。それは、「Why(なぜ)」が核となり、「What」「How」を外側に配置した同心円だ。まずは目的ありき。極端に言えば、それが人を動かす原点だと、このモデルは教えている。

 マニュアルも「人を動かす」道具に違いない。しかし、マニュアルに書かれていることは「What」「How」のみであり、重要な「Why」が抜けている。「Why」はどこに隠れてしまったか。それは作った人の心の中である。

 多くの場合、マニュアルを作るのはその組織のリーダーだ。リーダーが最良のノウハウを、全員が効率よく実践できるように作成する。リーダーはその目的のために「What」「How」だけを表出させる。「裏を読め」とはすなわち、ここで抜け落ちてしまった「Whyを考えろ」ということだ。裏を読むことが大切な理由は2つある。

 1つは、ラグビーにしろ、仕事にしろ、教本やマニュアル通りに実行したからといって、すべてうまくいくとは限らない。特に営業の新規開拓やプレゼンテーションなど、相手がいる場合はそう思うように事は運ばない。うまくいかないとき、なぜマニュアルにそう書かれているのかに立ち返ることによって、解決策が見えてくることがある。

 そして、もう1つは、もっとよい方法があるにもかかわらず、マニュアルをうのみにしていると、その方法を探ることがなくなる。ノウハウの進化がなくなってしまうのだ。

マニュアルの裏にある「Why」を考えさせる

 U20日本代表チームの監督を務めていたとき、国内合宿で合宿所の管理関係者から、お叱りを受けたことがあった。

 「どんな指導をしているんだ! ラグビーさえうまければそれでいいのか!」

 怒りのポイントは、選手たちの合宿所の使い方だった。風呂場の脱衣所は水浸し、食後のテーブルはそのまま、玄関のスリッパは散乱……。

 このときも、マニュアルというか、合宿所の使い方のルールが書かれたものは存在した。私はそのルールにのっとって、強制的に当番を決めて掃除をさせることもできた。しかし、そうはしなかった。「Why」を考えてほしかったからである。

 そもそも、なぜ合宿所をきれいに使わなければならないのか。「ルールだから」は、まさしくマニュアルのうのみである。スポーツの合宿所に限って言えば、合宿所をきれいにしておくことは、チームを効率的に動かす上で必須である。

 例えば、食堂はミーティングの場でもある。テーブルが汚れていれば、そこに資料やノートを置けない。スリッパが玄関に散乱していれば、大勢の人の移動に不便である。こうしたことが「Why」だとすれば、一度にまとめて掃除するよりも、一人ひとりがその場その場でちょっと揃える、ちょっと拭く、という作業を積み重ね、常にきれいな状態にしておくほうが、目的の達成にはよほど効果的である。

 マニュアルによる効率化だけを狙うと、マニュアルを作った本来の目的が見えなくなりかねない。そのこと自体は、教える側もなんとなく理解しているはずだ。「マニュアル通りやってもうまくいかないことがあるよ」とあらかじめ伝える上司も多いだろう。だからこそ、その後に続く言葉が重要だ。「マニュアルは、裏を読もう」である。

 マニュアルの裏にある「Why」は何か。これを考えさせることは、今、自分は何をすべきかを常に意識する自律的な人材を育む。マニュアルとはかくも大事なものである。その存在には意味がある。その「裏」と一体で。

執筆=中竹 竜二

1973年福岡生まれ。93年早稲田大学入学、4年時にラグビー蹴球部主将を務め、全国大学選手権準優勝。卒業後、渡英しレスター大学大学院社会学部修了。2001年三菱総合研究所入社。2006年早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。2007年度から2年連続で全国大学選手権を制覇。2010年退任後、(公財)日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターに就任。近著に『部下を育てるリーダーのレトリック』(http://www.amazon.co.jp/dp/4822249719)がある。

【T】

あわせて読みたい記事

連載バックナンバー