ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
先日、ある大学の実験室で火災があり、近隣から10台を超える消防車が集合、辺りは騒然となりました。当の実験室のある建屋には避難指示が出ました。他の研究室も雑居している建屋だったのですが、実験の真っ最中であろうと、居室で解析の途中であろうと、とにかく人がいなくなってもよい状態に活動を停止して、屋外に出なければなりませんでした。
実験中の場合は、人がいなくなってもよい状態にまで戻すのが困難な場合があります。時間をかけた化学反応の実験データを収集していて、万が一のため、人が付きっきりで見張っていなければならないときだってあります。避難指示が出たなら途中で実験をシャットダウンし、また一からデータの取り直しになってしまうのです。
大学の安全対策室は、消防、救急、警察の対応に大わらわ。数日たってから火災の原因を聞きました。実験室の床に這(は)わせていたテーブルタップの電線にいつの間にかゴミ箱が置かれており、ゴミ箱の下でスパーク、ゴミ箱が燃えたところから火災に発展したそうです。
延焼はゴミ箱近辺で収まったものの、プラスチック製のゴミ箱容器だったため煙がすごく、開け放たれた実験室の扉から廊下に漏れ出し、扉の下から他の実験室に侵入。周りの研究室も、実験室の清掃に数日を費やしました。
総務省消防庁の「平成30年(1~12月)における火災の状況(確定値)」によると、2018年の総出火件数は3万7981件。これには林野火災や車両火災が含まれ、建物火災に限ると2万764件、そのうち住宅火災は約半分の1万1019件でした。建物火災のうち、原因が「こんろ」の火災は2794件、「ストーブ」の火災は1170件でした。
両者の合計3964件のうち、電気系統の問題に由来するものを2割と見積もれば793件になります。そのほか、「配線器具(1133件)」「電気機器(1078件)」「電灯電話等の配線(1046件)」「電気装置(493件)」「溶接機・切断機(223件)」「こたつ(42件)」「交通機関内配線(32件)」を合計すると4840件となり、建物火災の23%が電気火災でした。
東京消防庁によると、2017年の全火災件数4204件のうち電気火災は1152件、27%でした。東京都では、1986年から2015年までの30年間で電気火災が600件余りから900件余りと1.5倍に増えています。死者数も、1990年ごろの13人前後から2014年頃は20人前後となっています。
東京消防庁では2015年から2017年の原因別火災件数を公開しており、予想されるように電気ストーブが最多でした。ストーブが倒れないように注意するのは当たり前ですが、その近くに燃えるものを置いてはいけません。冬場に暖を取るためにつけたまま寝てはいけないし、酔ってストーブを消し忘れて寝てもいけないのです。
ガスストーブと違って炎が見えないからと洗濯物を干すのに使用するのも、その場に付きっきりならともかく、ストーブの前や上に置きっぱなしにしてその場を離れてはいけません。これは当たり前のことなのに、ついやってしまいます。作業を開始するときは十分に意識をしていても、何かに気を取られたときに忘れてしまうのが人間です。自分は人間であり、必ず忘れると自信を持てば、危険行動を減らせるかもしれません。
2017年はストーブの次に多かったのがコード、続いて差し込みプラグ、コンセントとなっています。冒頭の大学実験室内の火災もこれが原因でした。自分の住まいはもちろん、たまに人の家を訪れると、家具がコードを踏んでいないか、コンセントが緩んでいないかが気になります。見つけると、なぜそれがいけないかを説いて聞かせる口うるさいおじさんになってしまいました。なぜいけないかを知らない人が多過ぎるのだと思います。
まずコードには、電気製品のスイッチが入っていなくても、スイッチがあるところまでは電気が通っているのだと知らなければなりません。重い物がそれに乗っていれば、2本の電線を交差するように押し付け、交流電流を流そうとしているようなものです。そして、実際に交差する前に、十分近づいたらアーク放電が起こって火花が飛びます。このとき、交差してしまえば通電して大電流が流れ、ブレーカーが落ちるだけなのですが、近づいたときにアーク放電が起こるため、たちが悪いのです。
差し込みプラグとコンセントについては、しっかり差し込まないと、そこにほこりがたまりやすくなります。さらにそのプラグにつながった電気製品が使用されると、その電流によってプラグの温度が多少上がり、ほこりが炭化しやすくなります。これが積もり積もって、ついにはプラグの電極間にアーク放電が起こって火花が飛び、火災を引き起こします。この現象をトラッキングといいます。
私は初めて「トラッキング」という言葉を聞いたとき、荷物や砂利を運ぶトラックとどんな関係があるのだろうと不思議に思いました。改めて語源を探ってみると、対応する英語のarc trackingの後半だけを切り取り、トラッキングと呼ぶようになったと分かりました。アークとは、electric arc(電気的に形成される弧)の意味であり、2電極間に飛ぶ明るい放電のことです。これは稲光を連想するとよいでしょう。そしてトラッキングは軌道を意味するtrackの現在進行形、すなわち通り道を作ることです。だから「アーク・トラッキング」といえば、せっせとほこりをためて火花が飛ぶようにすることだと分かります。
特に工学系でもない人に説明するときは、トラッキングなどという言葉は使わずに、「プラグとコンセントの間にほこりがたまらないよう、時折プラグをコンセントから抜いて、ほこりをきれいに拭い取り、なるべく深く押し込むのが長持ちのコツ、火事にもならないよ」と教えています。
このところ火災原因で多いのが、リチウムイオン電池です。リチウムイオン電池はノートパソコンや携帯電話、スマートフォンには必ず付いています。電子タバコもリチウムイオン電池です。スマートフォンの電池切れのときのために持っているモバイルバッテリーもまたそうです。この発火については、サムスン電子のスマートフォン「ギャラクシーノート7」がたびたび煙や炎を出し、これを持っている人は飛行機の搭乗を拒否されたこともあります。
ノートパソコンが火を噴く動画をネットで見ておののいた記憶もあります。発熱の原因はおおよそ次の通りです。電池なのだから正極と負極があり、これらを隔てる目的で、セパレーターと呼ばれる樹脂製の膜が入っています。最近は製品の薄さが求められるため、これら3つの層が、所狭しとゲル状の電解質の中に薄いサンドイッチのように押し込められています。
動かしたりしなければ問題は起こりにくいのですが、携帯製品です。落下したり無理な力がかかったりすると、セパレーターが損傷して電池内部でショートが起こって火花が飛びます。あるいはバッテリーの外側ケースから可燃性の電解質が漏れ出て着火する場合があります。これが事故の原因です。
私たちの生活は電気製品に囲まれており、その便利さを享受する私たちは電気なしでは生きていくのに大きな不満を感じるでしょう。しかし、便利さの半面、その製品が持つ潜在的な危険もよく理解しなければ、大変な事故を起こしてしまいます。電気火災を引き起こして大切な家族を亡くせば、人生が大きく狂ってしまいます。危険をきちんと理解するには、「やっちゃいけないこと」として知識を詰め込むのでは不十分です。「なぜやっちゃいけないか」と根本原理を理解すれば、知恵として有効活用できるのです。
執筆=飯野 謙次
東京大学、環境安全研究センター、特任研究員。NPO失敗学会、副理事長・事務局長。1959年大阪生まれ。1982年、東京大学工学部産業機械工学科卒業、1984年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、1992年 Stanford University 機械工学・情報工学博士号取得。
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経営に生かす「失敗学」